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帰宅して以来PCの画面ばかり見ているヒル魔が突然小さく「あっ」と叫んだ。 首を伸ばして画面を覗き込むがエクスプローラーの画面だったのであまり気にしない。 そんなに大した事じゃねえだろう。 食事の時間も画面から目を離さずに熱中するヒル魔は武蔵を見ようともしない。 あまりに無視されている事への不満とそろそろ休めという気持ちも含めて口を開く。
「いうえお」
ヒル魔の不機嫌極まりない顔がこちらを睨む。 何か文句あるのかと正面から視線を受け止めるとヒル魔が忌々しそうに画面を畳んだ。 何があったのかは聞いてもわからないから質問はしない。
「お前、ほんとに中身まで古臭いな。昭和のギャグか」
そっちだって昭和の生まれじゃねえか。 色々と言い返す事はあったもののこれ以上ヒル魔の機嫌を損ねたく無い。
「あ、って来たらそれ以外あるか」
同じ姿勢を強いられていたヒル魔の上半身が大きく伸び上がる。 椅子の背もたれがギイ、と不満そうな音を立てた。 両手が上につき上がり、大きな呼吸でヒル魔はそこからストレッチを始める。
「だからてめえは爺くせぇって言われるんだよ」 「じゃあ何がある?」 「何もねえよ」
会話にはあまり意味は無い。 意味があるのはヒル魔がPCから武蔵へと相手を変えたという所にある。 またPCに興味を持っていかれないように、武蔵は当たり障りない会話を続ける。 中央から脇へとソファに座る位置をずらすと空いた場所にヒル魔が座った。 足を広げ、ふんぞり返り、足はテーブルの上に乗る。 それを非難した所で言う事を聞くようなヒル魔ではない。 武蔵は大人しく新聞を閉じた。読もうと広げていただけで、目は誌面を滑るばかりだった。 机上のスペースをヒル魔に譲り、よりかかかって来る体重を大人しく受け止める。
「あー、の次、か?」
武蔵がきっかけのどうでもいい話をヒル魔が繰り返すときは疲れているか、眠い事が多い。 放っておけばソファでうたた寝のまま朝を迎えがちなヒル魔をベットに運ぶのは武蔵の役目だ。 肩によりかかるヒル魔の目は眠そうに伏せられている。
「い、だろ?」
寝るか?と聞く前にヒル魔の顔がこちらを向いた。 何かを思い付いたような機嫌の良さそうな笑みが浮かんでいた。
「し」
短いたった1文字の言葉。 ヒル魔の両手が武蔵の首筋に巻き付いた。 顔が近付くが、キスとも違う。武蔵の顔を伺う表情。 特定の「反応」を狙っている時の顔だ。 返答を間違えれば逆キレされるのも珍しくはない。 必死で頭を巡らせてヒル魔の意図を武蔵は探る。
「………………て?」 「る」
笑う唇が武蔵に強く押し付けられる。 幸い、「正解」を言い当てたらしい。 全体重を預けるようにヒル魔が武蔵に抱きついた。 そのままではすぐにずり落ちそうなヒル魔の体を武蔵が支える。 武蔵に支えられたままヒル魔は尚も体勢を変えた。 支えの武蔵の両手が弛めばヒル魔の身体は仰向けに落ちかねない。 テーブルの角の上などはそれなりに凶器でもある。 もちろんそんな事が無いように武蔵は両手に力を込めるがその中でヒル魔は無防備に動く。 武蔵が手を離すなど、微塵にも思っていないような態度だった。 武蔵の両腕の中にすっぽりと収まってから、ヒル魔は満足そうに動きを止めた。 収まったというよりも、横抱きせざるを得ない体勢に持ち込んでいる。
「寝るぞ」
それは寝室に連れていけの意味。 甘やかしてるなあ、と思いつつも武蔵は腹と手に力を込めてヒル魔をそのまま持ち上げた。
今日一日。 帰宅してからこの時間まで武蔵を長時間放っておいた、埋め合わせのつもりなんだろうか。 だったら可愛いと武蔵は思う。
いつもの気紛れだとしても。ヒル魔に甘えられて悪い気はしない。
どちらにしても、できる限りはヒル魔に従う。 それが武蔵の日常だった。
やまだ
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