INDEX西部オフライン

2000年07月16日(日) メリークリスマス!

 
妹ヒル魔はサンタクロースを信じていない。
あれは大抵その家の「父親」がやっているもの。
長距離トラックで留守がちなうちは、両親が「ぶっきょうと」だそうで
クリスマスらしい事は何も無い。せいぜい小さなツリーに飾りを乗せて
テレビの上に乗せる程度だ。
それでも翌朝、枕元にプレゼントはある。
サンタが来たな、と雲水は言う。
だけど本当は知ってるんだ。

これは武蔵がくれたんだ。



毎年プレゼントは来る。
だから一応リクエストをツリーに飾っておいたりする。
雲水や阿含がサンタをするなら、ちゃんとそれを買ってくれるはず。
「パソコン」とか「携帯電話」とか「マシンガン」とか書いておくけど
実際に来るのはつまらない人形や手ごろなおもちゃ。
でも、去年わかった。枕元に置かれていた、だ円の茶色い新しいボール。
これを用意しているのは武蔵だ。
ヒル魔はそんな事を信じている。





今年は、何をくれるんだろう。
寝床に潜っても布団は冷えている。
ストーブの前で暖めた体もシーツの冷たさに手足が縮まる。
眠気が覚めて、だからあれこれと考える。

武蔵は今年、何をくれるつもりなんだろう。

あんまり高価な物は期待出来ない。
だから今年のツリーには少し違うモノをお願いした。
武蔵じゃなくちゃ、くれない物。
武蔵がくれなきゃ、意味が無いもの。

武蔵はそれを見て笑った。
ヒル魔の書いた名前の隣に、武蔵も一緒に名前を書いてくれた。

だけど、それとは別にプレゼントが欲しい。
ベットの脇に下げた靴下はヒル魔のものだからとても小さい。
その中に入るようなもので構わないから、武蔵から何か欲しかった。
去年もらったアメフトのボールは、近所の子供達とも一緒に使ってあっというまにぼろぼろになった。
今度はヒル魔だけが使うものが欲しい。

武蔵は何をくれるつもりだろう。

何度目かの寝返りの後、ヒル魔はふと寝息を聞いた。
二段ベットの下の段。武蔵がいるはずの場所からそれは規則良く聞こえて来る。
上の段から覗き込んでもよくわからない。
ヒル魔が眠るまで油断させるつもりなんだろうか。
それにしては随分「はくしんのえんぎ」だと思う。

足音を忍ばせてそっとベットのはしごを降りた。
プラスチックで出来たはしごは一足ごとに体温を奪う。
なんとか下に降りた時、ヒル魔のつま先はすっかり冷たくなっていた。

「ムサシ」

小さく小さく名前を呼んでみる。
寝たふりなんて通用しないぞ、と。
今ここで俺にプレゼントを渡してもいいぞ、と。
小さく囁いても武蔵の形の影は動かない。
下の段に頭をつっこみ、武蔵の顔を覗き込むと。

気持ち良さそうに眠る武蔵。

「起きろぉ!」

思わず口から飛び出す言葉。
なんで寝てるんだ。なんでこっちが寝るのを待ってないんだ。
サンタだろ!俺にプレゼントくれるはずだろ!!!
武蔵はそんなに俺の事が大事じゃないのかと、 びっくりしたのと、悔しかったのと。
いくつも気持ちが混ざりあって、ぼろぼろ涙が溢れてきた。
クリスマスの約束だsって、こいつはすぐに忘れちまうんだ。
「アレ」が叶うのはずっとずっと先の事で、こいつはすっごく馬鹿だから
明日になったらもう何にも覚えて無いって顔すんだ。

一気に頭に血が登り、何がなんだかわからなくなる。
パジャマの裾で何度か顔を拭っているとベットの中で武蔵が起き上がった。

「どうした、ヒル魔?」
「うるさい馬鹿!」
「恐い夢でも見たのか?」
「全部武蔵が馬鹿なせいだ!」

自分でも訳がわからず、手の付けられなくなってしまったヒル魔。
対して武蔵は冷静だった。むしろ、寝ぼけていると言った方が正しい。

「寒いんだろ。ここで寝るか?」

言われてみれば確かに寒い。なんだかとてもむしゃくしゃする。
武蔵がそうやって誘ってくれても素直にうんとは言えなかった。

「ほら。寒いんだからすぐに来い」

寝ぼけた武蔵はヒル魔を強引にベットに引き込んだ。
布団の中に招かれて、体が冷えきっていた事がわかる。
武蔵の体温はいつも高い。布団の中は暖かかった。
すぐに眠りに落ちそうな武蔵の規則正しい穏やかな息の音は
ヒル魔をすぐに眠りへと誘った。

「武蔵、クリスマス……」
「んーー」

ほとんど眠りについている武蔵の言葉ははっきりしない。
眠くなっているヒル魔の言葉も呂律が回らなくなっている。

「クリスマスプレゼント……」
「連れてって……やるぞ」
「な、に……?」
「クリスマス……ル、俺が連れてって……やるか……ら」
「………うん」
「もう、寝ろ……」

ほとんど意識もしていないのだろう。
武蔵は同じ言葉を何度か繰り返す。
ヒル魔は毛布ではなく、武蔵の体にすり寄った。
ヒル魔より暖かく、ヒル魔より大きい体。
まだまだ子供でとても馬鹿だけれど、信頼出来る頼もしい兄。

ぬくぬくとした体温に包まれてうとうとと目蓋が落ちるなか、
ヒル魔は必死で武蔵の枕元に手を伸ばした。
武蔵は、ここにおいていたはず。

今年は武蔵で我慢してやる。

額にかかる武蔵の寝息。
もう叫んでも起きないようなその武蔵の頭の上に、見つけたものをそっと乗せた。
ちゃんと連れて行ってくれるまで。
ちゃんと約束を果たしてくれる迄。

ずっと、お前で我慢してやる。





翌朝、武蔵が目を覚ますとヒル魔はとうに起きた後で。
寝ぼける武蔵は夕べの事を何1つ覚えていなかった。



ただ。
夕べ見た夢。

サンタが出て来た。とても大きな包みをくれた。
腕の中にずっしりと重いとても大きなプレゼント。

包みは派手で、ごとごとと動いていて、
中を開くと「それ」は暴れ出しそうだったし
トラブルばっかり運んで来そうで、面倒ばっかりかけそうで。
だけど近寄ると良い匂いがした。

箱の中で寂しいのだと思い、急いで包みをあける所までは覚えている。
中身が何だったのかは覚えていない。
あれは一体なんだっんだろう。



階下でヒル魔が呼んでいる。
とても機嫌が良さそうな声だ。
体を起こすとぼとりと枕元に落ちたのは武蔵が用意していた靴下。

「?」

なんでこんな所にこんなものが。
考えるより先にヒル魔の声がまた武蔵を呼ぶ。
武蔵にとっては何より大事な妹の声。



理由なんてよくわからない。
ただ、ただ、大事に思う妹の声。

武蔵は大きく返事をしてから、急いでベットを飛び出した。




ただただ、大切な。
大切な妹の声。




やまだ