INDEX西部オフライン

2000年07月13日(木) やくざ

十文字は火をつけて間も無い煙草をイライラと投げ捨てた。
言い付け通り当たり一帯を調べたらしい若いヤツらが戻って来たからだ。
「すみません、やっぱりどこにも……」
「この近くにはいると思うんですが……」
年に数回しか顔を会わせない『お偉い』方々との会合に、よりにもよってうちの若頭が土壇場で姿を消した。
不意に姿を消すのはいつもの事だが、これだけ大きな予定を控えて突然消える事は過去になかった。
「見つかるまで捜せって言ってんだろ!くだらねえ事報告してる閑あったらその辺這いずり回って捜せ!」
走り出す部下達の尻を蹴り上げたくなるのを必死で堪える。

わかっている。こいつらに落ち度はねえ。

繁華街から一歩奥に入った路地裏。
脇にある細いビルとビルの隙間は、右に折れて袋小路になっている。
苦虫を噛み潰した顔で立つ十文字は、苛立ちつつもその場から動かない。
違う。
動く事が出来なかった。

人通りの無いその場所の静けさの中、聞こえて来そうな物音から必死で意識を背けようとする。
若頭と、その一番の部下。
部下という枠には収まらない態度の部下と揃って姿を消す時は
大抵「ソウイウ」関係になっていると知っている者はとても少ない。
つまらない偶然から知ってしまった十文字は、以来都合良くこき使われている。
足裏で踏みつぶす煙草の本数がふた桁を超えた頃、通り抜けが出来ない路地から
のそり、と男が顔を出した。

「すまんな、終わった」

悪びれた風などまったく見せずに、渦中の1人は現れた。
どういう状態であるのか十分に分った上で、悠長に武蔵は身支度を整える。
上着の肩の汚れを払い、全開になったシャツを止めていく。

「……若頭は」
「も、来んだろ」

言葉と同時に背後からまた1人男が現れる。
細身の身体をきっちりとスーツで固め、一見堅気に見える程
整ったスタイルだったはずだ。少なくとも、この路地裏に入る前までは。
余韻に浸る惚けた頬と、薄く汗が残る額。
回りがぴりぴりしている中でよくそんな気分になれるもんだ。
呆れ半分で十文字は身支度を整える二人を眺める。

間近で何年も見て来て分かる。
人を束ね、組織を動かし、それらを発展させる力。
この年でその地位にのし上がっただけの確かな能力を持っている。
その蛭魔の持つ、数少ない欠点に含まれるんじゃあないだろうか。

「ネクタイと、襟」

何も言わない武蔵に代わり、十文字が乱れを指摘する。
普段よりも数段仕種が遅くなったヒル魔はゆっくりと胸を反らした。
無言で絞めろ、と合図されている。
だるそうに壁にもたれて立つヒル魔の喉元に十文字は手を伸ばした。
ゆるんだネクタイを一度引き抜き、襟を立たせてネクタイを通す。
距離が近くなった十文字を、小馬鹿にするような笑みが浮かんだ蛭魔の視線が
背後に流れていくのがわかった。

言葉は無い。
目線だけでどんなやりとりがなされているのか。
二人のやりとりは十文字にははかりきれない。

おおかた、でかい会合を前にして逆の意味でヤル気にでもなったんだろう。
『そこで、人払いしてろ。』
言葉と共に路地に消える蛭魔。
『30分ぐらいで戻る』
武蔵の言葉に、路地の中から打ち消しの言葉。
『20分だ!』

ネクタイを絞めるとヒル魔がふらりと十文字にもたれかかった。

「行くか」

急激、という言葉が似合う程に蛭魔は頭角を表した。当然中にも外にも敵は多い。
そんな無防備にしてていいのかよ、あんた。
このネタを持ってどこかにタレこめばそれでお終いなんじゃねえのか。


そんな事をけしてしないと見極めた相手にのみ蛭魔はこうして気を許す。
この類い稀に賢い人の手の中で踊らされていると自覚はあったが。
この距離間が心地よいと思ってしまう自分がいる。

「時間ねえんじゃねえのか」

どんな神経がそうさせているのかゆっくりと煙草をくゆらせながら武蔵が時計を見てそう呟いた。

「あんたが言うか」

肩にあるヒル魔の頭が笑いを漏らした。
近付いてくる足音に蛭魔は十文字から数歩離れた。
髪を撫で上げ、襟を直し、外していた眼鏡をかける。
それだけで、情事の跡は消えてなくなる。

「行くか」

十文字や武蔵との距離感は、単なる若頭と部下だけの冷えた物にすり代わった。
何ごともなかったように。

このギャップの激しさを、悪く無いと思う時点で俺はこの人に惚れているのだ。
引き締まる気持ちと同時に、十文字は顔から表情を消す。


この人のためなら。


そう思える相手がいるのはこの稼業の中で幸運な事だ、と。
十文字は思っている。














やまだ