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「疲れたんだろ、朝からお前立ちっぱなしじゃねえか」
廊下の真ん中で立ち止まったヒル魔を気づかうように武蔵が声をかけた。その見なくてもわかるにやけツラを思い、ヒル魔は聞こえなかったふりをした。 本当は座りたい。両足を締め付ける布の貼りはまるで一種の拘束具だ。
女ってのはまじでこんなもん履いてんのか。
細く見えるために強調されるデザインは窮屈だ。 立っていられるのがやっとで、膝を折り畳む事さえ痛みが走る。 固い布が肉を挟むのだ。 おかげで満足に動けもしない。
何より信じられないのがこの股上の浅さ。
ヒル魔が無理にはかされている女性もののジーンズは、下肢の茂みや尻の膨らみのほとんどを外に露出してくれている。上着を武蔵にとられている今、それらを隠そうにも手段が無い。あの鬚じじいを喜ばせないためにせいぜい気にしないふりをしているが実際尻は丸出しと言うに等しい。 手持ちのベルトはどれもはまらず、ボタンをしめているだけなので余計にタチが悪かった。
腰のあたりで布が張っているのでそう簡単には下がらないだろうがその上はやけに布地が余る。 ウエスト回りが若干ゆるく、その分後ろがばっくりを口を開けている。 要は、尻の半分をみせつけているようなものだ。
こんなもん履く女は馬鹿だな。
何度引っ張っても意味が無いとわかっていながら、武蔵の視線を遮るようにヒル魔はジーンズの後ろを上へと引っ張った。 当然、前を覆う布地がひかれるわけで、ヒル魔の股間に痛みが走る。 股間の居心地はこの上なく最悪だ。 ヒル魔の肌に密着するジッパー。トイレで用をたす事さえままならないほどそこは皮膚に近すぎた。
ぴったりと下半身を覆ってしまう布地のおかげで、ヒル魔のモノは逃げ場が無い。 露出しないよう足の間になんとか押し込めば、浅い股上が余計に浅くなる。 歩くだけで布地がそこを締め付ける。落ち着かない事はなはだしい。
こんなみっともない姿が、もう半日程も続いている。 朝起きて、今日は何をするつもりだと聞かれて適当に予定を口にした後、少し前の約束をちらつかされた。何でも言う事聞くって言ったよなあ。やけにからんでくる口ぶりと挑発的なその態度に受け流すのが面倒になった。何させたいんだと聞いた時、面倒がらずに逆切れりゃ良かったなとため息をつくがもう遅い。
あと、半日。 履くだけでいいと。 手を出さないと。 何もしないから普段通り日課をこなせと。 そう言われてその通りになった。
普段通り。 恥を強調して反応すれば負けるのはこっちだ。 武蔵の視線がどこを見ているのか。痛い程に感じながらヒル魔はいつもどおりの家事を片付けた。
台所での洗いもの。簡単な片付け。 背側と腹側。どちらも見られれば気持ちが波立つ。 ほとんど丸出しになっている下肢。濃い方ではない毛の部分は性器の近くにこそはえている。そこを外に出すのは異様な感覚だ。女性用のジーンズにはあり得ない股間のライン。武蔵が何を考えているのかわかるようで目眩がする。
後ろは尻の割れ目のほとんどが曝け出されている。頭の足りない色気狂いがこんな恰好で尻を振っている映像を頭のどこかが思い出した。FUCK MEという落書きが腹と背中に矢印つきだった。 まさに今の状況がそれにあてはまるわけだ。
湿った洗濯物をかかえ、ベランダにそれらを干す。 武蔵が驚いたようにこちらを見ているが気にはしない。 何度ベランダでヤったと思ってる。周りの建物に比べてここは十分高さがある。 余程の事でもない限り、外から見られる心配は無い。わかっていながら腰が引けた。 心持ち、腰を落としてのろのろと作業する。
足が重い。つま先が冷たい。 少し体勢を変え、いい加減椅子にも座りたい。 けれど、こんなジーンズでまともに座れる訳が無い。
関節部分が曲がるだけで、布が肉を挟んで締め付ける。 最も負荷を少なく座れる場所は武蔵が朝から陣取っているソファかベッド。 そうして、身体は自然に辛く無い体勢を取るだろう。
椅子に座っても一番関節を曲げなくてすむポーズ。 自然に両足は大きく開く。膝は極力曲がらないようにのびる。 武蔵の目線が届く所で、そんな格好をできる訳がねえ。
少ない洗濯物をのろのろと乾かし、次の予定は何だったと思い返す。 このジーンズじゃあ、掃除が出来ない。身体を屈ませる事が無理だからだ。
居間のソファでどっかりと腰を下ろす武蔵に背を向けているのに、その視線が背中に伝わってくる。 背中から腰へ、そして露出しているその部分へ。 ちりちりと皮膚が灼けるような嫌な感覚。たまらずヒル魔はまた後ろの布地を上へ引いた。 同時に前がきつくなる。籠の中も空になり、ヒル魔はそれ以上そこで時間をつぶせなくなった。 ため息をついてゆっくりと振り返る。
足の間は痛みを訴える。 少しでも布に余裕を持たせるために尻の筋肉に力を込めた。 歩く時なら不自然じゃねえ。不自然じゃ、ねえ、はずだ。 自分を騙すように言い聞かせた。 筋肉を緊張させればほんのわずか布が弛む。その弛みを前に引っ張って股間に余裕を作ってやる。 当然、力を緩めれば布も張る。意味の無い繰り返しだとはわかっていてもどうにもならない。
指は何度も後ろを引き上げ、その都度前は狭いと訴えるから。 武蔵がいる、その目の前で尻を何度も引き締めた。 嫌でもそこに熱を感じる。武蔵の視線が肌に刺さる。
あの馬鹿が、こんな些細な仕種に気がつかないと確信は出来る。
なのに。
自然を装おう息が荒れる。 服を着ない上半身は、一向に外の寒さを感じない。
肌が、こげる。 後ろを引き上げた訳じゃあないのに股間がだんだんときつくなる。 そしらぬ顔で歩く事さえ段々難しくなってくる。
何でもないようなつまらない会話を武蔵に振られて、適当に返す。 返しながらそっと盗み見る。 武蔵の目線は新聞を追っている。 肌はじりじり熱さを訴えているというのに武蔵はこちらを見てもいない。
じゃあ、この感覚は一体何だ? 今自分は何を受け止めている?
肌が熱い。腰も、胸も、露出している部分全部が。 過剰な程に何もかもを意識してしまう。 そこのリモコン取ってくれ、と言われて軽くしゃがむ時にさえ。 凝視されている、そんな気がした。
実際に武蔵はそれほどこちらを気にしていない。 ちらりちらりと顔をあげるが、常に見ているという訳じゃあない。
じゃあ、この感覚は一体何だ?
約束は夜まで。 今は昼。 どうせ馬鹿なてめえの事だ。 「いちゃいちゃすんのも日課の内だ」とかぬかしてやらかすつもりなんだろう。
いつからそんなに物わかりが良くなった?
丸見えなんだぜ? 丸出しなんだぜ?
いつもみてえにさっさと脱がして、昼でも居間でもおかまいなしに 俺にのっかりゃ良い話だろ? 何だってこんなまだるっこしい事をしてるんだ?
てめえは、俺とやりたいんじゃねえか?
いつも、なら。 そう思ってヒル魔は息を吐いた。 布地がきつい訳でもないのに、自然に腰に力が入った。
丸見えの腰。その、下の筋肉を。 何度も力を入れて抜く。 まるで、情事の最中のように。 何もされていないのが不思議な程に。
フロアの真ん中で立ち止まったヒル魔に武蔵がどうしたと尋ねて来た。 何でもねえ、とそっけなく返し、言葉通りに歩き出しだした。
また少し、ヒル魔の歩幅が狭くなった。
やまだ
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