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高い気温と乾いた空気。暑苦しいだけの東京と全く違う過ごしやすさに 冷房などは似合わない。一杯にまで窓を開けて、そこから車内に風を招く。 海の青さ。海岸のまばらさ。そこに寝そべる人の肌の色。 改めて目で感じる異国の風景。
その異国の道路を堂々と無免許で走る後ろめたさは最初の内だけ。 もともと無許可は日本と同じだ、といつものように腹をくくった。
ホテルからこの海岸まで、文字どおり過密すぎる人数を乗せて悲鳴を 上げていた車内だったが最寄りの海岸でおおかたが降りた。 武蔵の隣で、栗田がゆったりと足を下ろした。 ついさっきまで、大吉という1年がそこに縮こまっていた。 カーブを曲がる都度、あちこちで痛い痛いと悲鳴が溢れ、 屋根からは歓声にもにた叫びが聞こえていた。
運転席のボンネットをがん、と叩いて合図を送る。 もう降りて来い。そういう意味。 少しおいて帰って来る屋根からの連打に、ヤツがそこを気に入っている事がわかる。 日ざしも強い。なんと言っても車は鉄だ。 やけどしない内に降りるべきだと武蔵は思ったが言って聞くような男でもない。 せいぜい振り落とさないようにゆっくり車を運転させた。
左車線の運転は恐い。ともすれば交差点等でうっかり逆へ侵入しかける。 とっさに車線を迷った時や、栗田の不馴れなナビにもたつくとき、 屋根の上からがんがんと叩かれる。 窓枠を叩かれれば右へ行け。 栗田の側から音がすれば左折しろ。 シンプルな指示だが確実だった。 最後には二人とも地図を後部座席に放り出し、 ヒル魔の音だけを頼りに走った。
「で、今向ってるのはどこだ?飯屋か?」 「僕ねえ、アウトレットで服見たいんだ」 「ふくぅ?」
海外の旅行と聞いても今一つピンと来なかった泥門のメンバーが この国についたのは今朝。日本で言えば何時なのだろうか。 頭の奥が眠さを訴えるが時間は真昼。 事前に何の下調べもしなかった武蔵とは違い、 屋根上のアイツは御丁寧に偽造した国際ライセンスまで用意していた。 ここまでは、ほとんど引きずられてきたようなものだ。 栗田も状況は似たようなんもだろうと思っていた武蔵は意外な言葉に度胆を抜かれた。
目的地は、巨大な服屋。 天井近くまでみっしりと並ぶ普段着のサイズを見て、武蔵はなるほどと納得した。 どれもこれもがLサイズ。栗田がわざわざ来たがる訳だ。
「こないだ、デスマーチでアメリカに行った時ね、ヒル魔がこういうお店教えてくれたんだ」
籠の中につかんだ衣服を積み上げる。いくら安くても大丈夫か、と思ったが 一緒にいるヒル魔がうまいこと値切るだろうと考えてそっとしておく。 デスマーチではね、と栗田が気を使ったのか忙しくしゃべりはじめる。 何度も何度も繰り替えされた、栗田の視点からのアメリカ合宿。 ヒル魔からは特に何も聞かされていない。 あいつから見ればまた違った話が聞けるんだろう。
出発の前にヒル魔が顔を出した事だけははっきりと覚えている。 あの頃、何をしていただろう。思い出しついでにヒル魔を探した。 店の外にでも出たんだろうか、と奥まで歩いてようやくみつけた。
「そんなとこで何してんだ。」 「服見てんだよ」 「………それ、服なのかよ」
店の奥に店員の趣味が集まった様なコーナーがあった。 悪趣味というか個性というか、日本ではまずお目にかかれないような 奇抜な色や形や柄。それらをヒル魔が手にとって眺めている。
「……買うのか」 「サイズがねえんだ。1点ものだからな」 「そりゃ、残念だったな」
珍しく欲しそうにしているヒル魔には可哀想だが、 サイズが合わなくて何よりと思う。 普段からこいつの趣味はどこかおかしいとは思っていた。 否定すれば喧嘩になるから、黙って見守るのが平和のこつだ。 名残惜しそうに数枚の服を眺めているヒル魔に向け、 『それだけはやめておけ』と胸の内から念を送る。 「てめえは何も買わねえのか?」 「サイズとか、わかんねえしな」
武蔵自身、服に対しての興味は無い。 こういった店には付き合いで足を運ぶ程度に過ぎない。 することがなく、閑を持て余しているのが顔に出ていたのだろう。 何かを思い付いたらしく、ヒル魔の視線が忙しく動いた。
「よし、爺。これとコレだ」
放り投げるようにヒル魔がジャケットやシャツを選んで武蔵に放る。 ちょうど栗田がそこにあらわれ、武蔵が手にした服を見た。
「わあ、武蔵タキシード着るの?」
ヒル魔が見立てた品々は、いわゆる「礼服」一式だった。 後ろで栗田が嬉しそうに声を高める。
「蝶ネクタイって柄じゃねえよな。クロスタイの方がまだましか」 「着てみてよ武蔵!僕達デスマーチで正装したんだよ!」 「案外てめえは腹出てるから似合いそうだな」
ヒル魔を見上げ、栗田を見上げる。 手にした服を着るように期待する目線が2つ。
「……………着方、わかんねえぞ」 「手伝ってやる」
自分がその気になった時には、現金な程面倒見が良いヒル魔が逃げ腰な武蔵の退路を断つ。 ため息をつきながら渋る武蔵がヒル魔の足で狭い試着室に押し込まれた。
「その髪型でその服は笑えるな。よし、買え」 「着ねえもん買ったってしょうがねえだろ!」 「うわあ、武蔵かっこいいよ!」
三者三様の声を上げながら店の奥で盛り上がる。 ヒル魔の見立てにどんなものを着せられるかと内心びくびくしていたが、 シンプルで飾り気が無いフォーマルジャケット。 織り方で表面に光沢と模様があしらわれている。
武蔵が試着室で悪戦苦闘をしている中、どこから持ち出したのか カフスだなんて小物までそろえられていた。 そで口を止められ、タイを締められ、カマーバンドさえも巻かれる。
「よく洋物のサイズがわかるな」 「武蔵ぴったりだね。そういうのも似合うんだねえ」 「てめえが洋物っつうと卑猥だな」 「ヒル魔はねえ、皮とエナメルのスーツだったんだよ」 「日本とサイズの書き方、違うだろ」 「数字覚えりゃ簡単だろ」 「僕はスーツだったんだけどね」 「………何で俺のサイズ知ってんだよ」 「誰チームがてめえのユニ発注してると思ってんだ」
噛み合っているようで噛み合っていないいつもの会話。それがどこかひっかかった。 いつものように会話は流れ、栗田の「お腹すいてきたね」との定番の発言。 どこで喰うか、などと二人が中心に会話を進めるが武蔵はそこに混じらなかった。 『誰がユニ買ってると思ってるんだ』 確か今は、姉崎が雑務をこなしているはずだ。
中途入学のため、学年頭の身体検査は当然ながら受けていない。 武蔵の今の身体のサイズは、どぶろくにさえも計られていない。 トレーナーとして、計って当たり前のはずなのに。
計ったようにサイズの合う服。それをそろえられるヒル魔。 ヒル魔にもサイズを計られた事は無い。
じゃあ、何でてめえは俺のサイズを知ってるんだ。
中華か、肉かと栗田と話を進める横顔を眺めると照れたようにふいと顔が逃げた。 こんな時、昔は耳まで顔を真っ赤にしたり 逆にキレて怒鳴ったりしていた。
中学の時とは随分違う。
ヒル魔はだいぶんふてぶてしくなり、それでも相変わらず変わらない。 栗田も相変わらずの天然だが、それでも随分と強気にもなった。
栗田の持つ籠の上に置かれた巨大な帽子を手に取る。 にやにやと笑い始めた顔を隠すようにそれをかぶった。 こんな顔をヒル魔に見られれば、さぞ機嫌を悪くするんだろう。 さっさと顔を隠したつもりだったが臑をヒル魔に蹴りあげられた。
「何にやけてやがる、エロ爺!」 「武蔵、どうせだからそれ着て帰る?」 「買わねえならとっとと脱げ!」
ヒル魔の罵声の合間を縫って栗田の声が場をなごませる。 中学の時のような。中学の時とは違う3人。 時折弱さも見せるけれど、前へ進む事を恐れなくなった栗田。 相変わらずこちらばかりを見ているものの、 それはてめえも一緒だろうが、と可愛げにふてぶてしさが混じるヒル魔。
二人が仲間を連れてアメリカに渡ると聞いた時、 そこに参加出来ない自分が酷く惨めな気持ちになった。 ついて行く事ができる訳が無い。 新しいキッカーやメンバーを探すのが本来の流れだ。 置いて行かれたからと言って文句を言える立場じゃない。
なのに感じた疎外感。 女々しい自分への嫌悪感。
結局、頭のどこかでヒル魔と栗田はいつまでも自分を待っていると思っていた。 ポジションを開けてくれている事に甘えていた。 それが二人にとってどれだけ重い「空席」だったのか。 わかっていながらわからないふりをした。
今思えば、やっぱり自分はこいつらに甘えていたんだと思う。 いつもこっちを見ている視線に気が付かないふりをしていたあの頃。
「飯喰うんだから、さっさと脱げ!」 「武蔵、それ僕のだよう!」
ちょうど1年前のあの頃。 また3人で笑えればいいと思って過ごしていた。 望めば手に入るような簡単なもんじゃない。 無責任な約束もできない。 必ず戻れるという根拠もない。
けれどもう一度、3人でこんな空気で笑いあいたかった。
多分あれから丁度1年。 薄氷を踏むような具合で事象が良い方へと転がった1年。
今、こうして。 下らない事で笑って下らない事で騒げる、こんな時に突然思う。 本当に、こいつらで良かった。
帽子をかぶって顔を隠した一番の理由は、こんな時にどきどき急に気付いてしまうからだ。
俺は本当に愛されてる。
ヒル魔が聞けば蹴り上げられるだろうし 栗田に言えば骨が折れるまで抱き締められるだろう。
中々口には出せないけれど、この2人には本当に感謝している。 本当に、こいつらで良かった。
試着室の中で急かされるままに服を脱ぎながら、 込み上げて来て収まらないものでにやける顔を引き締めた。
2年前より、1年前。去年より今。来年は何をしているんだろう。 柄にもない事を考えているのは多分ここが日本じゃないからなんだろう。
らしくもねえ。
大きく息を吸って、気持ちを落ち着けてからカーテンを引く。 武蔵を待っているヒル魔に向い、笑いかけると眉を潜められた。 栗田が籠ごとこちらに手を振る。
願わくば。 こんな、当たり前の光景が。 まだ長く続くように。
らしくないと分っていながら、武蔵はそれを強く願った。 一度は無くしたものだからこそ。 もう、失いたくないと思う。
ささと来い、と苛立つ声と急がなくても大丈夫だよと笑う声。
もう、失いたくないと強く思った。
06.1101
やまだ
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