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山の中で子供を拾った。足が動かないらしく、口減らしに捨てられたらしい。 どうしたものか考えてから、とりあえず小屋に連れて寝かせてみた。
自分で建てた粗末な小屋に、「誰か」がやって来たのははじめての事だ。 一人だったら気にもしなかった小屋の隙間や薄い布団。全部手作りだと思えばいびつな物さえ誇らしかったのに、今は少し情けない。 もっと丁寧に作ればよかった。隙間には泥を詰めて、しっかり塞ごうと思っていたんだ。とっておきの毛皮をかぶせて、幼い寝顔を見下ろした。
頬に残る泣いた跡。 抱き上げた身体はとても細くて軽かった。 足は冷たくて肉が薄く、まるで棒切れのような色と形だった。
何もないけれど、せめてお湯でも。 そう思ってかまどに湯を湧かし、こどもが目を覚ますまで何度も鍋に水を足した。 部屋の中がなんとかあったまったころ、寝床の中でぼんやりこちらを見ている目。
「目が、覚めたか」
恐い、と叫ばれるかと思ったが一度話し掛ければ止まらなかった。 もう随分長い事、誰かと話さえしていない。
「寒くないか」
こちらを見上げたまま動かない顔。見開いた顔の表情よりも、向けられる視線がどうしようもなく嬉しかった。 痩けた頬を撫でてやる。端の欠けた湯飲みを差出し、起き上がろうとするのを手伝った。 小さな手に湯飲みを握らせ、細い肩を両手で持ってやる。 口元からこぼれるお湯がたった1つの夜具を濡らすが、湯のみが空になった、たったそれだけが嬉しかった。
「まだ飲むか。まだあるぞ」
うなずいた子供から湯飲みを受け取り、中身を満たしてまた渡してやる。 注いだばかりの湯のみは熱いから、息をかけて冷ましてやる。 気がつくと、子供は泣いていた。 顔中を涙で濡らしながら、何度にも分けて湯を飲んでくれた。
子供の名前はヒル魔と言った。
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元気に、なるもんだなあ。 子供と思ったのに15だった。ガキだと思ったら娘だった。 足に良いと思って連れて行った温泉ではヒル魔は熱いと驚いて暴れた。 何を勘違いしたのだろうか、もがき暴れて湯に落ちてしまい、 ずぶ濡れのまま抱きついてきた。
薄い、薄い、薄い胸。
気がつかなかったふりをしてお互いぐしょぐしょだと笑ってやった。 ヒル魔が聞かされた「じごく」という所は、罪人を湯で煮るのだそうだ。 何でも無いとわからせるために、ヒル魔を抱いたまま湯の中に入った。 薄い布が水に透けて、暖まった肌の色に染まる。 気がつかなかったふりをして、怖がるヒル魔に教えてやった。
これは、温泉。 足が良くなる、あったかい風呂。
濡れた服をしっかりしぼるとびり、と情けない音がした。 後ろでヒル魔があまりに笑うので、ぼろにも近くなった着物を広げ、わざと情けない顔をした。 火を炊いて、服が乾くまで長い時間を湯に漬かっていた。 食べる物を持って来ておらず、少しひもじさも感じていたが 二人で湯の中で遊んで過ごした。指の先が気持ち悪くなったぞ、と笑うヒル魔が愛しかった。
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互いの服は1枚きり。 布団にしている布も粗末で、着るものに初めは困った。 毛皮は捕れても服には足りない。大きな動物を捕まえるのは危険が大きい。 以前は猪や鹿等に、ちょくちょく向っていったものだ。 ちょっとした罠をしかけて、手負いのヤツらを捕らえていた。
一人の時はそれが平気だった。今はそれが少し恐い。 もしも、ここで死んじまったら。動けないヒル魔はひとりぼっちだ。
それを考えるとこんな命でも惜しくなる。
こんな仕掛けで捕まえるんだ、とヒル魔に教えてやった所、 すぐに仕組みを理解してもっと良い物を考えてくれた。 ヒル魔が考えて、俺が作る。 家の中はあっという間にいろんな道具が出来上がった。 失敗する事は多くても、それを見下ろして考えているヒル魔を見ていると嬉しかった。
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ヒル魔がやってきて、どれだけたっただろう。 この間な気もするし随分長い事だと思う。 会ったその日のうちから毎日がとても楽しかった。 だから、恐い事も増えた。
もしも、ヒル魔が山を下りたら。
山奥の生活はとても辛い。 人がいないから退屈が多い。 雨が降れば外には出られない。 風が強ければ家を補強するのが精一杯で 壊れた部分をまた修繕する。 生活は楽しくても、中々楽にはならなかった。
2人分の食料。
村にいれば少なくとも、野菜や麦が食べられるはずだ。 ヒル魔は何も文句を言わない。けれど、口に出さないだけかもしれない。
本当は帰りたいんじゃないだろうか。
村での生活をヒル魔は何も語らない。 だからこちらも何も聞かない。 思い出して、恋しくなって、ある朝ヒル魔がいなかったら。 そんな夢を何度も見た。隣で眠る確かな体温を確かめるように抱き締めた。
一緒に暮らしてどれだけだろう? 一人で暮らしたのはどれだけだったろう?
何年も、何年も。 俺はこの山に一人だった。 それを辛いと思った事は無い。寂しいと感じた事も無い。
ヒル魔に会って、それが崩れた。 多分、山でこいつを見つけた時から、しまっておいた色んな気持ちがどうしようもなく溢れちまった。 何年もかけて作ったはずの「一人で暮らしていた事」なんて忘れちまった。
もう、戻れねえ。 もう、戻りたくねえ。
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秋も終わりが近付いた頃、里で祭りが始まった。 さすがに笛や鐘の音までは聞こえないものの、太鼓の音が遠くに響く。 紅葉が下りた村はさぞ賑やかなんだろう。 ヒル魔の里恋しさに火がついたらどうしようと思った所でしがみつかれた。 あれはイヤだ、とヒル魔が泣きじゃくる。
どうしたものか、訳がわからない。 片時も離れようとせず、ひたすら里を怖がるヒル魔。 あの音がいやだ、と何度も繰り返すヒル魔は祭りを知らないんだろうか。
慰めようにも理由がわからず、怖がるヒル魔の髪を撫でてやった。 薄く綺麗な色の髪の毛。柔らかなそれを何度も撫でる内に、とある事を思い付いた。
ヒル魔は、この音がなんだか知らない。 教えてやるのは容易い事だ。 正体を知ればヒル魔は落ち着く。 2度と怖がる事はなくなる。
けれど、祭りに興味を持ったら? 人が集まる事が楽しい。それをヒル魔が思い出したら?
撫でる手のひらがいつのまにか止まる。 頭に渦巻く強い気持ち。これは良くない事だという自覚がある。 「あれが何なのか、教えてやろうか?」 顔を胸元に埋めた頭が小さく頷く。
口の中に沸いた唾を飲む。 「今、里は大騒ぎなんだ」
ヒル魔は恐ろしそうに身をすくませている。 「皆が手にたいまつを持って、村の中を走り回っている」
恐いと怯えているヒル魔への語りかけは、いつのまにか低い声になる。 「一度里から出て行った子供達が、戻って来ないか探しているんだ」
腕の中の小さな身体を、優しく抱き締めているつもりだった。 「近くに戻って来ていれば太鼓を叩いて追い出してる」
いつのまにか力が入る。もしもこの小さな身体がある日突然いなくなったら。 「どこかの物陰に隠れていないか、火を振り回して探しているんだ」
ヒル魔が元いた里に帰ってしまったら。 「二度と戻って来るなって」
また、一人の毎日に戻されたら。 「二度と里には帰って来るなって」
腕の中にすがる子供。けれどその小さな身体に俺もまた縋っているのだ。 「見つけたら酷い目にあわせるぞ、ってな」
ヒル魔は涙をぽろぽろとこぼす。 「………お前は、里に帰らないだろ?」
しがみつく腕の力が増した。 それがどちらのものともわからない。
「太鼓の意味はな」
祭りを怖がるヒル魔より、それを慰めるこちらの方が余程の怖がりで意気地が無い。
「戻って来るなって知らせてるんだ」
着物の端を握っている小さな手のひらを上から握る。 口を開く程、嘘がこぼれる。 ヒル魔を怖がらせるばかりか、ここに繋ぐための良くない言葉だ。
「村のヤツらは、お前の事が嫌いなんだ」
俺は、お前を離したくないんだ。 俺は、お前と離れたくないんだ。
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膝の中でヒル魔は泣きつかれて眠ってしまった。 きっとこれからも嘘をつくだろう。 ヒル魔を何度も騙すだろう。
ヒル魔が言っていた「じごく」って言葉が頭をよぎる。
だってもう一人はいやだ。 ヒル魔がいなくなるのが恐い。
痩せた身体を布団に寝かせて、小さな頭をまた撫でてやる。 いつかヒル魔にばれるかもしれない。 嘘つき、と怒鳴られるかもしれない。 里に戻れなかった事でヒル魔は恨みを言うかもしれない。
だけど、ヒル魔を手放したくない。
なんだってしてやる。 山の中ならどこにだって連れてってやる。 食べたい物を食べさせてやる。 毛皮ももっととってやるし、家だってもっと大きくしてやる。
できるだけの事は何だってする。
だから。
だから、ヒル魔。 俺と一緒にここにいてくれ。
胸の奥で何度も何度も、何度もヒル魔に頭を下げながら 合間に同じ言葉を繰り返した。
嘘つきですまねえ。 騙しちまって、本当にすまねえ。
でも、お前にそばにいて欲しいんだ。
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一度知った温もりを、手放したく無いと思うだけの とても 臆病で怖がりで、不器用な所がそっくりな二人。
二人が内に持つ同じ願いが、口に出される事はなかった。
やまだ
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