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| 2000年07月01日(土) |
とりっくおあとりーと |
お菓子くれなきゃ悪戯するぞ!
1年でヒル魔が一番楽しみにしている行事。 「きぎょーのもくろみ」が溢れているクリスマスより 妙な食べ物ばかりが並ぶ正月より 他力本願な七夕よりも面白くてやりがいのある10月の末日。
今年も武蔵をこきつかって、大掛かりな準備をしていた。 武蔵の肩にヒル魔がまたがり、その上から仮装をかぶる。 誰の仮装より一番目だって一番恐くて、注目されるはずだった。
なのに、あの馬鹿が。 武蔵の馬鹿が風邪をひいた。
馬鹿の取り柄なんて馬鹿だっていうのに。 普段どれだけ薄着をしたって冬でも風邪をひかないくせに。 突然倒れて熱を出して、あっというまにヒル魔は部屋から追い出された。 インフルエンザ。 武蔵の癖に。
武蔵がいなけりゃ、どんな準備も意味が無い。 他のヤツが中身になると名乗り出たが武蔵じゃなけりゃあつまらない。
二人でこもる物置きの中の完成間近だった仮装を片付け、ヒル魔はとぼとぼと外を歩く。 風邪がうつるからと言われて、一緒の部屋にいることも出来ない。 じゃあ、何のためにあんな痛い注射を打ったんだよ。 痛いだけで損ばっかりじゃねえか。
通りを歩く子供達は楽しそうに笑い声を上げる。 あの中で誰より騒ぐつもりだったのに。 悔しいのと寂しいのとが内で混ざって言葉も出ない。 キャアキャアと騒ぐヤツらを見るのが癪で、ヒル魔は自然と大通りから外れて歩いた。 家に帰っても閑なだけだ。楽しそうにチャイムを鳴らしてやってくる近所のヤツらがうるさかった。 しばらくこうやって時間をつぶそう、と思った矢先に首筋をつかまれる。
「ヒル魔ちゃん!」
ヒル魔を怖がりもせず、あつかいずらいと嫌な顔もせず、むしろ積極的に関わって来る女教師。 そんなヤツは1人しかいない。ヒル魔の目の前にしゃがんみこみ、目線をあわせてくるのは姉崎センセイ。
「こんな時間にこんな所で、一人だなんて危ないでしょ?」
返事をするような気分でもなく、黙っていると両手をひきずられた。 おおかた、子供達が羽目を外し過ぎないようにパトロールとやらをしていたんだろう。 こんな簡単に捕まるだなんて、本当に今日はついていない。
「どうしたの?こういう遊び、好きでしょう?」
そばにいた子供達の集団の中に無理矢理押し込まれてしまう。 隙を見て逃げ出しかけたヒル魔の頭を姉崎がつかむ。 離せ、とじたばた騒いでいると、口の中に何かを押し込まれた。
「…………?」
大きなざらざらした丸いものは舌で触るととても甘かった。 すぐに口から吐き出しかけると、すかさず次を押し込まれそうになる。
「ヒル魔ちゃんは好きじゃなくても、お兄ちゃんは甘いの好きでしょ?」
姉崎の言葉はヒル魔の胸にずしりと沈んだ。 そう、武蔵は甘いものが大好きだった。
「その飴が小さくなるまで、大人しく皆と一緒にお家を回りなさい。 お菓子を持って帰ったら、お兄ちゃんきっと喜ぶわよ?」
うまく丸め込まれたような気がしたが、ヒル魔はおとなしく集団の中で家々を回った。 何の準備もしていなかったので、もらった菓子を両手で握りしめる。 もらえるものも大したもんじゃない。駄菓子やクッキー、飴がほとんど。 大きな袋を下げている子供と、もらった菓子を交換してヒル魔は全部を飴に変えた。 喉が痛いと言っていた武蔵。これだけあれば喜ぶだろう。 紙に包まれているのではなく、ザラメが表面を覆った大きな丸い飴を選んで集めた。 手のひらで握るとじんわりと溶けて、それは他の飴とくっついた。
いやいやながら舐めていた飴がようやく小さくなったころ、ヒル魔の両手は満足する程の飴を握りしめていた。武蔵は、どれだけびっくりするだろう。 良い具合に時間も潰れて、ヒル魔はにやにやしながら家へと走った。 武蔵に会うのが楽しみだった。
音を立てないように玄関を通り抜け、静かに静かに2階に忍び込む。 武蔵とヒル魔が普段寝ている子供部屋は、廊下の突き当たり。 ヒル魔は立ち入り禁止を言い渡されている。見つかれば飴を手渡すチャンスが消える。 電気の消えた廊下を歩き、静かに静かにノブを回す。 飴を握りしめた両手では非常に困難な作業だったが額に汗をかきながらヒル魔はそれをやりとげた。
真っ暗な室内。 2段ベットの下を目指す。 足音はじゅうたんが吸い取ってくれると分かっていてもヒル魔は更に足を忍ばせた。 武蔵はどれだけ驚くだろうか。 顔を見るのも久しぶりだ。 想像するだけで顔がゆるんで、口の中から笑いが漏れる。 握りこぶしの両手ではそれを止める事が出来なかった。
「ヒル魔か?」
真っ暗な闇。 寝ている武蔵の顔にはタオル。 なのに、ばれた。声だけでばれた。 ヒル魔がそばにいると、武蔵はわかっている。
それが、嬉しい。
こらえきれずにくすくすと笑いながら最後の数歩をヒル魔は駆けた。
「なんでオレだって分かるだよ!」
押し殺した声は上機嫌に満ちている。 暗闇に慣れたヒル魔は武蔵がこちらを見ているのがわかった。 武蔵の目の周りが少し腫れぼったい。 武蔵はとても寝相が悪い。おまけにかなり落ち着きが無い。 長い時間をベットの中で過ごしたために、、とても退屈だったんだろう。 布団もシーツもぐちゃぐちゃに絡まっている。
「今日、ハロウィンだったんだぞ!」
得意げにヒル魔は武蔵に教えてやる。武蔵は何かをしゃべろうとして、けほけほと咳き込んだ。
「てめえがいないからあの仮装は来年に持ち越しだ!」
申し訳無さそうに武蔵の太い眉が下がった。 武蔵だって楽しみにしていた。だから、来年は今年の分まで派手に楽しもう。
「今年はしょうがねえ。コレでも食べて早く治れ」
武蔵がベットの上で上体を起した。縁に背中をよりかからせて、定まらない視線のまま笑っている。 目の前に両手を突き出してやる。声に出さず、分からないと表すように武蔵がゆっくり首をかしげた。 ヒル魔には強く感じる甘味の臭いも、今の武蔵には届かないようだ。 武蔵にも見えるように顔を寄せると、握ったげんこつの隙間を舐めた。
「うえーーー。甘ぇ……」
わかったか、と言うようにヒル魔は両手をぱっと広げた。
広げる、つもりだった。
小さく柔らかい両手の指は、べたつく砂糖で固まっていた。 どんなに強く両手を振り回しても指ははがれず飴が取りだせない。 せっかく武蔵に持って来たのに。せっかく、お土産を集めたのに。 今日は何一つ上手くいかない。いっそ両手をベットの柵に打ち付けてしまおうかと思った時。 悔しさに顔をゆがめるヒル魔に向って武蔵が片手で手招きをした。
こんなみっともない所を近くで見られるのは恥ずかしい。 けれど武蔵は静かに手招く。こっちにこい、と身ぶりで呼んでいる。 おとなしく近付くと、武蔵の両手がヒル魔を包んだ。
武蔵の両手はとても熱かった。
熱のせいなのか、ヒル魔の指先が冷えているからか、暗闇の中で武蔵が触れてくる部分は、どこもかしこも熱かった。 しばらく握りしめられると、手のひらがじわじわと汗をかく。 飴が、溶ける。指が離れる。武蔵の両手も一緒に離れる。
それは、イヤだ。
ヒル魔は両手を握りしめた。 手の中に滲むのは飴か、汗か。 今さらながら、それはあんまり綺麗じゃないと気がついた。 良い考えだと思ったのに、なんだか見せるのが恥ずかしくもなる。
どうしよう、と思いつつも手を握り続けていると武蔵がダメか、と目で尋ねる。 駄目だ。こんな飴、武蔵に食べさせられる訳がない。 ぶんぶんとヒル魔が首を左右に振ると武蔵の眉がまた下がった。
もう、いい。手を洗えばはがれると言おうとしたヒル魔の喉が凍り付く。 武蔵の顔が、ヒル魔の指先に覆いかぶさっていたからだ。
とても熱くて、柔らかな湿り気が指先から指の付け根までを撫で下りた。 今までの比ではないほど顔が火照っているのが分かる。
熱いものは武蔵の舌、だ。 湿ったものが、武蔵の唾液だ。 たまに当たる、固い部分は武蔵の歯。手の甲をくすぐるのは武蔵の息。
何もかもがとても熱い。
ヒル魔は暗闇の中で身動きも出来ずに立ちすくんだ。 武蔵が、何をしているのか。どうしてそんな事をされているのか。 わからなくて混乱したまま、ただただ、両手を握りしめていた。
指を離せば、終わってしまう。
この熱い感触、柔らかな往復、合間に聞こえる武蔵の息づかい、肌に当たる刺激、溶けた飴を啜る音。 それが、全部終わってしまう。
背中を走るのは何だろう。 どうして足が震えているんだろう。 こんな顔を見られたくなかった。 とうに指は離れているのに、まだ握りしめているのがばれなくて良かった。
ここが暗闇で本当に良かった、とヒル魔は思った。
指と指の間まで鼻を突っ込んでいる武蔵の口から、小さく「甘い」と言葉が漏れた。
暗闇。 空気が隠った息苦しい部屋。 無言の二人。 時折上がる、なめる音。啜る音。それだけの時間。
とりっく おあ とりーと。
お菓子くれなきゃ、悪戯するぞ。
やまだ
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