INDEX西部オフライン

2000年05月15日(月) 温度

冷血で、非道。血が通って無い悪魔、などなどヒル魔に対する回りの評価はそれなりに酷くそれなりにきつい。周りがヒル魔へ向ける評価と武蔵にとってのヒル魔の評価はまるで反対を向いているので、たまに別人の事を言っているのかと妙な錯覚に襲われる時もある。
ヒル魔とのつきあいは短く、それほど知っている訳でも無いが冷たいなどという感想は未だに沸いて来なかったりする。
おかしい、とか馬鹿だ、とかそんな所を口にすると呆れられるのが関の山。

そんなに違うもんだろうかとヒル魔を遠目に見ているうちにふと奇妙な疑問が沸いた。

態度や調子をころころと変えるヒル魔の頬は普段はとても白いままだ。それがささいな会話や小さな出来事で、あっというまに赤く染まる。耳の先から首の根元まで綺麗に染まるヒル魔はいつもと全く態度が変わる。大いに照れて、大いに恥じる。それを隠すやり方も下手だ。
まるでスイッチのように突然変わるあの顔色と一緒に体温も変わるんだろうか。

思い付いたら即実行が自分でも長所なんだと思う。
武蔵はきょろきょろとヒル魔を探した。放課後に入ってそれほど時間は経っていない。斜後ろの席にはまだ見慣れた鞄が残っている。何も考えず廊下に出て、何も考えずにトイレへ向った。身を屈めて手を洗うヒル魔。おあつらえ向きの鏡が嬉しい。ハンカチを忘れたらしく、ガクランの左右を濡れた手で探るヒル魔の後ろから武蔵は無造作に手を伸ばした。
多分、こちらの姿は見られていない。

手の平にはひんやりと冷たい肌の感触が伝わる。
案外すぐに怒ると思ったがヒル魔は静かに立ったままだ。
さて、これからどうすっかな……。
何も考えずに行動したため、武蔵は黙って成りゆきに任せた。ヒル魔は手探りで蛇口を閉めるて、濡れた両手を大きく振った。
「っ……」
反射的に声を上げかけ、なんとか口を塞いでみたがヒル魔にとってはそれで十分だったらしい。
「クソ爺。何しやがる」
いたって冷静で穏やかな言葉。武蔵は少し拍子抜けした。
ヒル魔には、周りの人間が知らないような子供臭いパターンがある。 そんなヒル魔を「いいように操れる」という妙な自信が少しだけあった。
普段なら顔を触っただけで赤く染まるヒル魔の態度は、予想に反して冷静だった。
「何のつもりか知らねぇけどな。さっさと離した方が身の為だぞ」
どうすりゃいいかなと武蔵は悩む。ひやりとした肌は汗さえかかず、さらりと気持ちのいい感触だ。少し指を滑らせて楽しみながら、この白い肌を内側から火照らせる手段に頭を捻る。
鏡の中でもヒル魔は冷静そのもの。そういう態度を取られてしまうとふざけるこちらがどうにもガキのようなだ。
「何で俺だってわかるんだよ」
「てめえの手と声が特徴あるからだろ」
「そうか?」
確かに手のひらは大きいのかもしれない。ヒル魔の目尻を押さえるだけのつもりの両手は顔の半分近くを覆っている。
「大工だからな」
「関係あるか」
さて。これからどうしよう。
「……いつまでやるんだ」
「お前の顔が赤くなるまで」
「はぁ?」
武蔵の口からぽろりとこぼれた言葉にヒル魔が眉を上げた。それが、指に伝わってきた。
「ばっかじゃねえの」
「……赤く、なんねえな」
「なるか、バカ」
「なんねえの?」
「なる訳ねぇだろ」
「困ったな」
「さっさとこの手、離せよ爺」
「んーーー……」
目論みがずれて武蔵は少し首を捻る。
「じゃあ……」
「じゃあ、じゃねえ」
「赤くなるまで、もっとスゲェ事するぞ」
「はぁ?」
成りゆきに任せ、武蔵は適当に会話を続けた。ヒル魔の肌はなめらかで、触っているのは気持ち良かった。
赤くなるとかならないとか、それを別にして離したくない。
「スゲェ事って、何だよ」
「ええとな」
「大体、両手塞がってる癖に……」
いや、全くその通りなんだ、と武蔵は声に出さずに頷いた。良い考えは浮んで来ない。膝かっくんぐらいでこいつが赤くなるわけねぇしなぁ……。
ヒル魔の機嫌が悪くなる前に、適当に手を離すのが良いところかな、と武蔵がぼんやり思った時に。ふと指先に熱を感じた。
じんわりと広がるそれに武蔵はおや、と首を伸ばした。
鏡の中のヒル魔の頬がほんのり、赤く色付いている。
色はすぐに耳まで届き、合わせて肌も温度が上がった。
――なんだ、全然あったけぇじゃん。
目の周りから手のひらをどけ、頬を伝って顎をなぞった。
――こういう所は冷てぇんだな。
無造作に這い回る武蔵の両手をヒル魔が乱暴に振りほどく。視界を回復したヒル魔は、素早く振り返り武蔵をぎりりと睨みつけた。
「何するつもりだ糞変態!!」
「別に、何も……。まだ何もしてねぇだろ」
思った以上に真っ赤になったヒル魔の顔は迫力に欠ける。他の者はそう思わないだろうが武蔵はそんな印象を受ける。
「近寄るな!」
「いいじゃねえかよ……。目隠し、好きか?」
「なっ…………」
「だって、しばらくされるままだったろ」
「寝言は寝て言え!糞ジジィ!」
ヒル魔の足が武蔵へのびる。立っている場所が場所だけに武蔵はそれを素早く避けた。
「そんな嫌じゃなかったんだろ?」
「てめえ、は…………」
ヒル魔の背後にゆらりと怒気が立ち上った。
――それでも迫力、足んねぇんだよなあ。
危険な足技から逃げのびながら、武蔵はひょうひょうと会話を楽しむ。
「なあ、ところでよ」
「何だ!!」
「さっき、何想像したんだ?」
「……?」
「俺に、何されるって考えてそんなに真っ赤になった?」
「……!」
ヒル魔の動きがぴたりと止まり首の末までが色を変えた。その見事なまでの変わりようを武蔵は眺めるのが好きだった。冷血だとかなんとか言うヤツらは。こういう顔を見てみりゃいいんだ。
こういうタイミングで言う言葉だとは思わないから、言葉に出さずに思ってみる。
世間が判断しているよりも、存外ヒル魔はドン臭え。
なんだかんだと噂をしている彼等がそんなヒル魔を知らない事に不快を感じ、優越も感じる。

まあ、しばらくは俺と栗田だけでいいよな。

連続するヒル魔の足技から逃れるためにトイレを飛び出し武蔵は走った。しつこく追い掛けて来るヒル魔を振り返り、武蔵はそれを嬉しく思った。









やまだ