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昔むかし、ある森にムサシさんが住んでおりました。 ムサシさんは、その力強さと素敵な技術で、森のみんなに愛されてきました。 赤いタオルをいつも頭に巻いているのがトレードマークです。
そんなムサシさんは、このところ元気がありません。 どうやら村はずれに住むおやじさんが病気の様です。いろいろ考えた末に、ムサシさんは、お見舞いに行くことにきめました。 バスケットにお酒とパンを用意して、おやじさんのお家へ向かいます。
「どこにいくんだ、赤ムサシ」
声をかけたのは、森で一番恐れられている狼のヒル魔です。
「棟梁が、病気でな」 「あー、聞いてるぜ。……そうか。よろしく言っといてくれよ」
ヒル魔は森の中を走り続け、ひと足先に棟梁の家へ辿り着きました。 簡単な木の扉を蹴りあけると、そのままずかずかと家の中へ進みます。ベッドには誰もおらず、家の中も閑散としています。棟梁は、昨日から街の病院に入っているのです。棟梁は、ただの検査だからムサシには秘密にしてくれ、と狼に頼んでいたのです。 ヒル魔は、棟梁のタオルを頭に巻きました。棟梁の服を着て、棟梁のベッドに入ります。
そうして、ムサシさんを待ちました。
壊れた扉を見て、首をかしげつつムサシさんは棟梁の枕元に見舞いの品を置きました。 「ドア、どうしたんだ?」 「壊れたのさ」 「……直しとくぞ?」 ムサシさんがドアを直す間、二人の間に言葉はありません。ドアを直して、ムサシさんが椅子に座っても。何も会話が生まれません。
2時間ほども、たったでしょうか。窓の外の色が変わり始めたころに、ムサシさんが立ち上がりました。ヒル魔さんは、布団の下でため息をつきました。どうせこんなことだろうと思ったからです。 「なあ」 おや、ちょっと様子が違います。 「あのよう」 ヒル魔はこっそり武蔵さんを見上げました。とても、真剣な顔つきで見下ろしています。 「俺、好きなやつがいるんだ」 衝撃的な発言を、さらりとムサシさんは続けます。 ヒル魔は、どきどきしました。だって、自分はムサシが好きなのです。本当は、大きな声で叫びたいぐらいに。でも、現実は。ただの知り合いです。告白もしていないうちに、大失恋です。 「ど、どんな奴なんだ」 「んー。可愛いな」 ムサシがのろけるなんて。聞きたくもないのに、ムサシは考えながら答え始めます。 「あと、顔が良い。性格もいいな」 この森の中で、顔と性格が良くて可愛いやつ。必死で森の仲間の顔ぶれを思い出しますが、さっぱり見当がつきません。 「あ、頭が良いぞ」 頭が。この森で、頭が良い女と言えば、まもりうさぎが一番です。次に会った時、とにかく意地悪しようと心にきめました。 「足も結構早い。」 チーターのセナでしょうか。 「力は持ってるぞ」 熊の栗田も、懲罰リストに加えておきます。 「で…、どのくらいのつきあいなんだ」 「次来る時に、連れてくる」 のどがからからで、頭ががんがんします。 「次って」 「聞いてみる。今日も、誘ったんだがな」 もう、おしまいです。ここに先回りする間に、ムサシはもう、その相手と会っていたんです。こんなことなら。今日、ここに来なければ良かった。
「良いやつだから、きっと棟梁も気に入ると思う」 ムサシさんは、ふるふると震えるベットに向かって言葉をつなげました。 ベッドの端から見えている、ふっさりとしたしっぽに向かって。 「情報集めるのがうまいから、棟梁が喜ぶとおもうぜ」
ムサシさんは、いろいろ考えました。目の前にヒル魔がいるのです。頭からすっぽりと毛布をかぶっていますが、このしっぽを見間違えるわけがありません。棟梁の事はすっかり忘れて、ムサシさんは考えました。 ムサシさんは、ヒル魔に言いたいことがたくさんあったのです。たくさん考えました。たくさん考えて、一番言いづらい言葉が出てきました。 あとは、簡単です。ムサシさんは、ヒル魔をほめることにしました。今なら、きっと、ヒル魔はちゃかさずに聞いてくれるはずです。途中で逃げられることもないので、つっかえながらも、時間をかけてムサシさんは言葉を選びます。 あとは。布団をはいで、ヒル魔の目を見て言うだけです。
俺は、ヒル魔が大好きだ、と。
大丈夫。他の事は全部言えました。あとは、それだけ。 それだけなんです。
[おしまい]
20050409
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やまだ
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