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2000年04月26日(水) [赤ムサシさん]5

木の上で。
ヒル魔はムサシさんのお家を眺めていました。今日はムサシさんがお休みの日です。朝から夜まで一緒の一日です。ぽんぽんと、肉球の柔らかいところでムサシさんを起こして。一緒に食べた朝御飯はとても美味しかったのです。
なのに。
どうして。

一緒にいたいのです。膝の上に頭をのせて、うとうととお昼寝をするだけで、楽しいのです。

なのに。どうして、こんな所にいるのでしょう。

家の中を動くムサシさんの表情は、ここからではわかりません。
どうやらおうちのお掃除をしているようです。


ちりちりと胸が痛みます。だけど、何が原因なのかわかりません。
ぢりぢりと頭の後ろが焦ります。だけど、どうすればいいのか分かりません。

今は、ちょっと喧嘩をしているだけ。すぐに元に戻れるんです。
ぎり、と歯ぎしりをすると口の中に鉄の味が広がります。もう、どうしていいのかわからなくて。ヒル魔は指の先のリボンをみつめました。こっそり、持ち歩いている秘密のリボン。元はピンクだったしわくちゃのリボン。ムサシさんが結んでくれた、大事なリボン。

わかっているのは、自分が苛立っている事。自分の何かに、苛立っている事。
言葉では説明できない、よくわからないものが膨れあがっている事。

例えば。
もしも、ムサシさんがいなくなったらと考えます。可能性の一つです。
想像するだけで身体が苦しくなります。
そうならないようにするために、どうすれば良いのかを考えます。
もしも、たら、れば。それは全部考えても意味が無い事です。
だって、可能性でしかないのですから。

今があんまり幸せだから、不安になります。
何かが起きるんじゃ無いか、というのは無駄な想像です。
でも。
一度考えれば想像は止まりません。
いっそのこと、何月何日に、おしまいと今から分かっていれば。
それまでを楽しくすごせばいいんです。
それから先は、あきらめれば良いんです。

ムサシさんに、この気持ちはさっぱり伝わりません。
それが当然です。それで、良いのです。
二人で恐いね、恐いね、と肩を寄せあっても。
絶対に離れないよと約束しても。いつか。何かが起こる時は。
そんな約束だって無意味です。
わかっているんです。自分がどんなにバカな事を考えているかなんて。

だから、ムサシさんに説明もしません。意味がないからです。
だけど、不安だけが残ります。ムサシさんにはさっぱりわけがわからないでしょう。
たとえば、そんな事。
忘れてしまうには不安が大きすぎて、説明するにはくだらなくて。
でも、不愉快だけは確実にたまって。大きくなって。

こんな気持ちをごまかしたいのです。
ムサシさんだけを考えていたくて。
こんな嫌な気持ちから逃げ出したくて。
リボンを見つめます。ムサシさんを思う気持ちで、真っ黒な心がピンクに染まるように。

リボンがにじんで、ぼやけてしまっても。眺め続けました。
左手の薬指に、ムサシさんが結んでくれたリボン。
きっと、そんな事を意識して結んだのでは無いだろうとわかっていても。
ぽたぽたと落ちる雫を含んで、リボンの色が変わります。少しだけ、濃くなるピンク。
ムサシさんが自分にくれたピンク。

大好きだ。とつぶやきます。
それだけは間違いないからです。

今、ヒル魔は木の上にいます。下から見上げても、わかりずらい枝を選びました。だから、普通はきっと、わからないでしょう。だけど。
しっぽを垂らしています。ふっさりとしたしっぽを、ぶらぶらと枝の下に下ろしています。
だから。きっとムサシさんはみつけてくれるはずです。それまでの時間を。ムサシさんの事だけを考えて、過ごそうと思いました。
他の事なんていらないから。



ため息をつきながら、ムサシさんは部屋を片付けます。
寝室のヒル魔の寝床をもちあげて、床のゴミを集めて行きます。
最近のヒル魔は少し変です。季節がそうさせるのでしょうか?でも、春は狼のラブシーズン。
一体、何があったのでしょう?
もしかしたら、好きな狼でもいるのでしょうか。
そうなったら。止める事はできません。ヒル魔は、やりたいようにしか動かないのですから。
自分が捨てられる未来だけは、やけにハッキリ想像できて。ムサシさんは何度目かのためいきをつきました。

重たく沈んだ気をそらしたくて、本格的に部屋を片付けます。
いつもは手を出さないベットの下。ホコリが舞って、大変なありさまです。
奥の奥までほうきを突っ込むと。何やら手ごたえが違います。
なんでしょう。小さな箱がつかえているようです。
帚の柄でなんとか小さなそれをたぐりよせます。
簡単なつくりの箱は、振っても音がしません。あれ、かな。ムサシさんは頭をかきます。
用意していたけれど、まだ使っていないあれ、でしょうか。
覚えていなくてムサシさんは、箱を開けました。
とたんに。
箱から小さな布の切れ端がはらはらと床にこぼれました。

これは。
あの時の。

眠っている間にいろいろと遊んで。飾り付けて。目がさめて、ひたすら怒られた。
あの、リボンの切れ端ではないでしょうか?
あっというまに捨てられて、とっくにゴミになっていたと思ったのに。
こんな所にあったなんて。
隠すように、とってあったなんて。

箱の中からは、色々なものが出てきます。
一緒に遊びに行ったテーマパークのチケット。
貸したきり、忘れていたボールペン。
みんなでボール遊びをした時、即席で作ったキックティー。
海で拾った貝殻。
ガスがなくなったライター。

ムサシさんは、床に落ちたリボンを拾いあげると。一枚一枚をていねいに箱の中に戻しました。
蓋を閉めて、ベットの奥のあったところに丁寧に戻します。

ヒル魔は、どんな思いでこの箱の中身を集めたのでしょう。
たまに引っぱり出しては、眺めていたのでしょうか。
正面から近付いてくればいいのに、こんな回り道をするなんて。
本当に、愛されているなあと思います。
自分が、どれだけヒル魔を大好きなのか。伝え切れていない気がしました。
伝えないといけないと思いました。
もっともっと、ヒル魔がムサシさんを好きという以上に。
俺も、お前が、大好きだと。
何度も言った気がします。
まだまだ足りない気がします。

知っていたはずです。森のみんなに怖がられているようなヒル魔が、
どれだけかわいらしくて。どれだけ恥ずかしがりで。

どんなに、さみしがりなのか。
いつもこの家を留守にしている時、どんなに一人で不安なのか。

ムサシさんは考えました。一所懸命考えました。
どうしたら、ヒル魔を安心させてあげられるのか。

自分がどれだけ、ヒル魔を大事に思っているのか。知らせたくて。












20040415

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