|INDEX|西部|
オフライン|欲|携|
| 2000年02月24日(木) |
no title 路地 |
「だから言ってンだろ、どこに目ぇつけてんだ!」 深夜をとっくに回った事務所内にヒル魔の怒声が響いた。疲れと惰性だけがのこる事務所内がひどい空気に包まれる。怒鳴られた男はさっと顔色を変えた。指差された場所に目をやり、すみませんと頭を下げる。 「ここと、これもだ。表記の統一ぐらい確認しろ!」 誰の疲れもピークを過ぎていた。電車はそろそろ、終電が出るだろう。 パーテーションごしに揺れる何人かの頭。恐らく、今蛭魔が指摘した内容が気になっているのだろう。 束になった出力紙をばらばらとめくりながら、ヒル魔は苛々と足を揺らす。武蔵はちら、と壁の時計に目を向けた。深夜の2時。怒鳴られる方も、けして怠けているわけではない。 「指示を見てんのか、糞」 「どこをどう校正すりゃあこんなミスを見逃せるんだ」 「直ってねえだろ!」 分厚い紙の全部に素早く目を通し、怒りにまみれた指示を飛ばす。 何枚かの出力紙が引き抜かれ、赤で大きく指示を書き込まれた箇所に顔が引きつりそうだった。武蔵自身も校正し、見のがしていた物もいくつかある。 「完成校」と書かれた中から、10枚近くの再提出が蛭魔に発見される。 あいかわらずこいつの目の鋭さには舌を巻く。校正というのは、ただ単に文字を追えば良いのでは無い。つまり。蛭魔がいかに細部までこの原稿に目を通し、頭に叩き込んでいるのかということだ。
突き返されたそれらを手にし、男はもう一度すみませんと小さく頭を下げてパーテーションの後ろに消えた。どかどかと蛭魔の足がテーブルを何度も蹴りあげた。 相当に重いはずのそれが、その都度、床とこすれて嫌な音を立てる。 やつあたる態度を隠そうともせず、苛々と蛭魔は椅子に沈んで両足をテーブルに音を立てて乗せた。見ているこちらが眉をしかめる程のひどい態度。 おい、一応ここも自社じゃないのだから、と声をかけようとして武蔵はその言葉を飲み込んだ。 誰もが、疲れている。 小さな特徴のある息遣いが奥から聞こえてくる。誰か、泣いているのかもしれない。 時間は2時を回っている。 まともな職業ならば考えられない時間だ。
直しのいくつかは、写真の修正も含んでいた。今からあの量。なんとか朝一で間に合うとして。 修正に2時間。…3時間みとくか。もう一回校正して出力で、1時間。柄はさすがに間に合わないので切り貼りでごまかすとしても……。 完成は6時を回るだろう。それまでを、どうするか。 怒鳴り疲れた蛭魔の顔には、他人には見せない疲れが現れていた。 無理も無い。ここ数日は呪われたようにスケジュールが崩れた。相当な激務が続いたのだろう。目尻から頬にかけてに、張りが無い。普段ならば自制するような怒声まであげていたのは疲れのせいもあるだろう。 恐る恐るといったように、先ほどの男が再び顔を見せた。だいたいの目処と、再提出の時間はさっき武蔵が予想したものと変わらない。武蔵さんの会社に、朝一で届けますという言葉にこれで家に帰れると思った。 「で?その時までには、まともな校正も出来るようになってるってわけか」 すみません、と俯く肩が震えている。こんな時間まで続いた残業の上に、チームの代表として同僚の前で怒鳴られているのだ。腹がたつのも当然だろう。 はい、という言葉は黙殺された。 椅子にかけてあったジャケットを手に取り、蛭魔は席を立つ。 俯く男の脇をすり抜け、打ち合わせの場所を立ち去るのに、挨拶さえ無い。 慌てて後を追い掛けるが、さすがに同じ様にこの場を立ち去る事はできない。 嫌悪を隠す事なく顔に浮かべている目の前の男を見て、武蔵は浮きかけた腰を落とした。 「疲れている中、すみません」 「いや、良いんです。間違えたのはこちらですから。むしろ、申し訳ないです」 一通りの溜飲を下げたのか、男の声に怒りは少ない。 「朝には必ずお届けします。直しが無いように、確認しますから」 「……お願いします」 そうして、室内に徐々に会話が戻る。 それほど広くもない空間に途切れていた会話が呼び戻され、その内容の多くが出て行った男への非難。
仕方ねえんだけどな。
武蔵はぼりぼりと頭をかいた。風呂に入って飯喰って、ビール飲んで寝てえ。 けれどそれは一体いつになるのだろうか。
-----
フリーの広告ディレクターを営む蛭魔の噂は、主に2つに別れる。 非常に有能で、多少値が張るもののしっかりとした物を作り上げる事ができるが、ひどく協調性に欠けている。それは、どちらも正しい評価だ。ただ、その噂はあまり蛭魔に対して好意的では無いように武蔵は思う。 仕事のクオリティの高さは誰もが認めているために、多少やっかいな仕事が蛭魔の元に運ばれる事も少なくはないのだ。トラブルが発生率が高くて当然だと、その仕事ぶりをまじかに見て思う。 社内で特にめだった功績も持たない武蔵が彼に紹介されたのはもう3年ほど前に遡る。前任の担当が胃を壊したらしい。かわりに自分が蛭魔と組まされるようになった理由は、多分胃が丈夫そうだからぐらいだろう。 噂でしか聞いた事のない奴の最初の印象は、読めない男。 挨拶の言葉も耳に届いていなさそうな、やる気のなさそうな態度。担当なんてどうだって良いと言わんばかりの態度は名刺を片手で突き出された事で確信に変わった。丁寧に両手でその名刺を受け取り、代わりに渡した名刺は、数秒で奴のポケットにおさめられた。 それが。何度か公私に渡る喧嘩の末に、俺はその仕事を終え。そうして、なしくずしに押し付けられた次の仕事もまた蛭魔と組まされ。何時の間にか、社内で微妙なポジションを獲得していた。
すなわち。 蛭魔を使える営業は、武蔵だけ。 武蔵を通せば蛭魔に仕事を通しやすい。
そうして。年と実力に見合わず、大きな企画に立ち会う事が必然的に増えて。つまらないやっかみと妙な崇拝を受ける事となった。今では、武蔵に対する評価は高い。翻せば、それだけ他人がやれば難しい仕事ばかりを押し付けられている事であり。その面倒な部分のほとんどを実は蛭魔が処理している事を知る者は少ない。 仕事の内容を把握し、最終目的地を見定める。 それは、ほんとうに特殊な能力だった。 資料を渡して数日のちには、蛭魔の脳裏に出来上がる完成図。
その、高い能力ゆえに、周りが足並みをそろえられない事のいら立ちは、相当なものなのだろう。 今までの営業は全員が、ゴミだったと蛭魔は語る。 ろくに仕事も出来ない癖に、プライドだけが高いとけなす。 誉めるだけで、腰が重い。仕事の流れを読めないで口ばかり出してくる。 スケジュール通りにすすまない仕事の言い訳ばかりする。 仕事をこなしながら、無能な自分にも当てはなる事は多いと武蔵は思っていた。
なんで、俺は平気だったんだ。 なんでだろうな。
自由業らしい、ラフな服装の蛭魔が肩をすくめる。
馬鹿だからじゃねえか。
言い方に、悪意は感じられない。 言葉に、不快な物を感じられない。
それが、多分相性なんだろうなと思う。
-----
すみませんが、よろしくお願いしますと挨拶を残して事務所を出る。 ボタンを押すと、すぐに開いたエレベーターの中に蛭魔がいた。 壁にもたれて驚いた顔でこちらを見ている。 「ボタン、押してねえんじゃねえか」 白いままの回数表示ボタン。 1階を押すと降下する小さな密室。 「疲れてんだろ」 だらりと両手を下げて、蛭魔は何も答えようとしない。 脱力しきったようなその姿を、彼らに見せてやりたいと思った。 多少言葉は悪いものの、蛭魔の言った事は正論だ。 今日の夕方にはできるはずだった原稿が夜に押し。 製作がさらに時間を押した。 武蔵は片手でネクタイを緩めて息を吐いた。今まで何も感じていなかったその首周りの拘束が、急に息苦しい物に変わる。 疲れているのは誰もが一緒だ。みんな、その中で仕事をしてる。 「あー。寝てえ」 この時間にもなると、感想さえも同じ事しか出てこない。 開いたドアから箱の外に出る。正面は施錠されているために、裏の通用門に向かった。 「ちゃんと、休めよ」 気休めでしかない言葉をかける。 守衛室を覗いたが、誰もいない。巡回でもしているのだろうと考えて、武蔵は2人分の名前の後に退出時間を書き込んだ。ドアの外はうすぐらい路地。飲食店の油に焼けた匂いがそこに、染み付いている。 足下にごちゃごちゃと置かれた物をどけ、乱雑に停められた自転車にぶつかりながら外へと向かった。 「ちょっと、どっか寄ってくか」 どうせ、このまま帰った所でこいつは素直に寝はしないんだろう。 それならせめて飲みつぶしてやった方が、言う事を聞きそうだ。 この時間までやっている店があったかと考えて武蔵は蛭魔を振り返った。 「おい、まだやってる店、知ってるか」 その先に、蛭魔はいない。 「蛭魔?」 うすぐらい路地の隅。全部が影に沈んで、蛭魔の姿がみつからない。 「おい、どうした?」 自転車を避けながら、名前を呼んだ。逆側に抜けたんだろうか? と。 下からのびた腕に、ネクタイを引きずられた。 闇に慣れない目では、何が起きたのかわからない。 ただ、すぐ頬に触れて来た吐息と。 唇に触れた柔らかさで、それが蛭魔なのだとわかった。 中途な姿勢のまま強いられるそれは、蛭魔が飽きるまで続いた。
目の前の闇に、薄い明かりを受けて蛭魔の顔が浮かんでいた。 「良い誘い方、してくれるじゃねえか?」 そんなつもりで言ったわけじゃないと言いかける唇がまた、塞がれる。 いいかげんに腰もつらいので、しゃがんだ蛭魔を強引に地面から引き剥がした。 あたりの暗さに目が慣れた頃。先程までの不機嫌さはどこへ行ったのか、薄く笑いを浮かべて蛭魔がぎゅうぎゅうと抱きついてくる。腰を押し付けられて、その熱さと固さにこいつが本気なのだとわかる。 ここで、かよ。 覗き込む目が、とろりと緩む。眠さと疲れにちょうど良く性欲が混ざったのだろう。 息を荒げながら軽く腰を揺らしている蛭魔を、どう止めればいいのかわからない。 長時間強いられた集中力が切れ、疲れで身体もどろどろに眠さを求める中で。 ふとしたタイミングでやけに盛りがつく事は、たまにはある。 けれど。 よりにもよって、こんな所で。
薄暗い路地は、外に直接面してはいない。 とりあえず、回りからは覗かれる心配は無い。 時刻は、2時を少し回ったところ。 どこかの窓やドアが開いて突然誰かが出てくる確率は、確かに低い。 だめだと言って、言う事を聞く奴じゃない。 何より、蛭魔の指によって外に引き出された武蔵のそれは。 指の刺激だけで簡単に熱を持つ。疲れて、それでも、身体が治まらないのは。 こいつだけじゃないってことか。 蛭魔が武蔵の胸に顔を埋め、緩めたネクタイに噛み付いた。 指がしつこく武蔵を追い立てながら、器用に歯だけでシャツのボタンを外していく。 冷たい夜気にさらされ、現れた肌に歯を立てられ、武蔵は小さく呻いた。 蛭魔の股間に手を伸ばし、きつく張っている布の上から指で先端をなぞった。 「…っん……」 武蔵の胸に、直接響く甘い声。 湿った息を吐き出しながら、蛭魔が武蔵の指にぐいと腰を押し付けた。 「さっさと……」 蛭魔の指が、ぎりぎりと指の中に爪を立てる。 「…………ってぇっ!」 言葉よりも雄弁に急かされて、武蔵は布の中で勃ちあがっていたそれを外気に曝した。 握った中で指を動かせば、せがむように腰が揺れる。ベルトを引き抜き、ボタンを外す。 ズボンは簡単に足下に落ち、引き落とした下着は膝の上で止まる。 あまりみれた格好じゃあねえなと思いながら、武蔵は膝で蛭魔の足を開かせた。 下着が邪魔だ。 蛭魔を喘がせていた両手を離し、膝上の物を脱がしてやろうと屈んで。 低くなった武蔵の目の前で、蛭魔が自分のものに手を伸ばした。 「っつ、んっ……」 「おいおい」 そんなに、たまってんのかと足の間だから蛭魔を見上げる。 ほとんど焦点が合わない視線。 放置されているビール箱にもたれかかり、蛭魔はだらりと足を広げた。 身体を反らしながら、声をあげる。慌てて口を片手で塞ぐが、様子がおかしい。 「おい、蛭魔」 「すっげ……気持ち……ィ…」 とろんと甘えるように、武蔵の肩にとん、と額が当てられる。 「お前、眠いんじゃないのか」 「っ、……っ、落ち、そっ……」 慌てて蛭魔の腕を取ると、シャツの上から噛み付かれた。 こいつ。ここで出して、寝ちまうつもりだ。 こっちをこんなにしておいて。 「手ぇ、離せ……」 「お前なぁ」 目を瞑ったまま、蛭魔は目の前の武蔵へ抗議の噛み付きを止めない。 逃げる武蔵の身体を追い掛けて、ぐいと噛み付いたのはほとんどほどけかけていたネクタイ。 はらりと、足下におちたその細い布を見て。武蔵は身体に力の入っていない蛭魔を強引に立たせた。 「?」 ネクタイを拾い、支えている蛭魔の両腕を取る。その手首を手にしたそれで軽く縛ると。驚いて見上げてくる蛭魔の目は、すぐに享受するような笑いに変わる。 「今日のてめえは、随分気ぃきいてんじゃねぇの?」 自分でも、ああ、疲れてるんだなと思いつつ。いつもと違う妙な高揚感を感じていた。 「うるせぇ、てめぇだけ先に楽にさせるか」 べとついた手で双丘をつかみ、一番ぬるついた指を奥へ進めた。 「……っ、ぁっ……」 崩れてしまいそうな蛭魔を片手で立たせ、右足を持ち上げる。 狭い奥へと指を伸ばし、緊張が弛んだ所でその本数を増やした。 焦れたように、括られたまま再び自身に伸びる蛭魔の腕。 武蔵はその腕を自分の首の後ろに回させた。 「眠いなんて、言う前になぁ」 ころ合いを見計らい、両手で蛭魔の腰を掴む。 薄暗い闇の中で。いつもより大胆に痴態を曝す身体へ、ゆっくりと腰を進めた。 「------っ、ん----っ!!」 貫かれる喜びに身体を震わせる蛭魔。 その反応の良さを見ながら少しずつ身体を奥へと進ませる。 どろどろの眠気に引きずられながら、快楽をむさぼるのなら。 俺を、誘って離さないのなら。 「腰の一つでも、振って……みろ」 言葉が届いたのかどうか。髪の毛を痛い程につかまれて、武蔵は痛みさえも快感をあおるのだと知った。 仰け反った白い喉から、突き上げに合わせて声が上がる。 両手が塞がったこの状況では、それを塞ぐ事も出来ない。 蛭魔も押し殺してはいるのだろうが。 場所は路地。 頭上の窓のどれかではたった今打ち合わせをしてきたばかりの事務所。 時折どこかで物音がして、外気にさらした肌に風があたる。 「ひっ、ぁっ、……っ、んっ……」 守衛がいなかった窓口。巡回しているのかもしれないという不安。 そんな、全部が。目の前で揺れる蛭魔をよがらせている。 手早く終わらせなきゃなと思う武蔵自身、抑制がきかない。 細い綱渡りだと思う程に、腰が痺れた。 蛭魔の声を塞ごうと思う以上に。 この状況でむしろ喘がせたいと思う気持ちが強い。 「あっ、…やっ、…ぁんっ、……イっ……ィッ……」 場所を忘れて喘ぐ男と。それをわかって、貫く男。 身体を打ち合わせながら、最後に大きく影が動いて。 しばらく硬直した後。がく、と影が地に崩れ落ちた。
気持ちの良いけだるさと眠気に包まれて、武蔵はああ、と呻いた。 泥だらけのスーツ。しわだらけのネクタイとシャツ。 膝の上でくうくうと寝息をたてる蛭魔。 腕時計は、軽く3時を回っている。 動きたくねえ。 先に眠った蛭魔が憎い。どうせ俺が置いて行かないと思っているんだろう。 次はこっちが先に寝てやろうか。 そう思って、苦笑する。 蛭魔がそんな自分を介抱する姿が想像できなかったからだ。 タクシーつかまえて、蛭魔を家に送って、マンションに戻って、風呂入って、服を着替えれば。 出勤の時間だ。 「煙草、吸いてぇ」 そのへんに落ちている鞄を探すのも面倒で要求だけを口にした。 喉が乾いた。腹も減った。何より、眠りたい。 下着をはかせるのが面倒で、ズボンだけをなんとか元に戻して。 そのポケットに泥にまみれた下着を突っ込んだ。 ひどい格好だったが、それ以上は気力がわかなかった。 こいつ、怒るかな。のんきにそんな事を考える。
トラブルを起こして、喧嘩早くて、仕事のできる男。 何かを仕掛けるのはいつもこいつで、見ているだけの武蔵は何時の間にかその片棒をかつがされている。 ぎりぎりの所で問題を回避して、タブーや常識を簡単に撃ち破る。そうやって仕事をこなす達成感を教えられて。 癖になっちまった。 モラルとスリルを僅差でかわし、何食わぬ顔で危ない橋を渡る事。 癖になってるよ、なあ。 こんな場所で。こんな時間に。そんな男に溺れる自分。 刺激とトラブル、そして甘い褒美をちらつかされて。 武蔵はがりがりと頭をかいた。
少しでも家で休む時間が欲しいのに。 武蔵はなかなかその場所を動けなかった。
20050515 <ノーコメント> 倉庫にモドル
やまだ
|