INDEX西部オフライン

2000年02月13日(日)  


お前なあ。

武蔵は子供の頭をぐりぐりと撫でた。
黄色がかっるほど薄い色素の髪が、堪えきれずにぐらぐら揺れて。
その下の身体がたたらを踏む。
「あんまり今から学校さぼってばっかりだとろくな大人になれねぇぞ」
懐いてくれるのは嬉しくても。
こうも頻繁に教室を抜け出されては意見の一つも言いたくなる。
わざわざ彼を連れ戻しに来る保母さんたちにも多少の気まずさを感じていた。
決して自分が扇動している訳じゃ無いのだが。
作業の邪魔にならないように大人しく持ち込んだ道具で
遊んでいるぐらいなら。教室で皆と遊べば良いだろう。

ここが良いんだと主張する子供が不満そうに睨み付けてくる。
まったく、どうしてこんなに強気なんだ。
10以上も年が離れているというのに。

「とにかく、今日はもう戻れよ」
苛々と頭を振って、子供は足を踏みならした。
「何だよ!邪魔なんかしてねぇだろ!!!」
「学校はさぼる所じゃねえんだ。お前の年からさぼり癖なんて生意気なんだぞ」
「あんたはどうなんだよ」
言葉に詰まるような所を的確にみつける小賢しさ。
何気なく口にしたんだろうが。確かにそれに反論できる程立派な経歴は持っていない。

「だから、学校に行かねぇとな。俺みたいになるってんだ」
ソバカスが少し浮いた顔を真っ赤にさせて。
子供は小さな足で武蔵の臑を蹴り上げた。
「うるせえ、ひくつ野郎!!」
どこで覚えたのか。
酷い言葉使いより蹴りあげられた臑が痛くて武蔵は声も無くしゃがみこんだ。
同じ高さに並んだ目線。随分と近付いて来るなと思うより早く、子供の顔が武蔵に飛び込んだ。
がん、と目元に軽い衝撃を受け。頬に柔らかな物が触れている。
視界が子供の髪に覆われて、何が起きているのかわかりかねた。
何だろう、と確かめようにも。子供はしがみついて離れようとしない。
柔らかい頬。子供特有の高い体温と、何か甘い香り。
「おい」
ひっぱっても離れない子供が、顔をぎゅうぎゅうと押し付けてくる。

されるままでしばらく待つが。一向に離れる気配がない。
多分、肌が直接触れているだろう部分にしっとりと汗を感じた。
埒があかないと武蔵は容赦なく子供をひきはがした。
じたばたと暴れる顔は息を止めていたように真っ赤だった。
「ムードってもんがないのか、糞ジジイ!!」
「何がムードだ。人の言う事聞いてるのかお前は」
「うるせぇ!」

武蔵が手におえない程の抵抗を見せた子供は。
狙ったように同じ臑の同じ箇所を蹴り上げた。
痛みに弛んだ武蔵の手から逃れつつ。
子供は少し離れた場所で武蔵を待っている。
俺の、どこがそんなに良いんだかなあ。
再び臑をさすりながら、子供の顔に追い掛けて来いという主張を見る。
少しは突き放さなきゃならないなとわかっているのに。
武蔵は子供に手を伸ばした。
するり、と身体を翻しながらも、けして遠くまで逃げようとしない。
「ちゃんと教室に戻れよ」
「うるせえ」

何げなく頬をなぞると。しっとりと湿っていたそこはとうに乾いていた。
いつまでも逃げようとしない子供もきっとすぐにいなくなる。
子供特有の一過性ってやつだ。
いつまでもこちらが相手をしてやれないように、こいつもすぐに飽きるはずだ。
「俺は仕事に戻るぞ」
手を振ってそう言った。
「ちゃんと、教室に帰れよ」
きびすを返して歩きながら。子供がどんな態度を取るだろうと考えた。
あっけなく離された手を、追い掛けるのか。ふて腐れた態度で幼稚舎に戻るか。
想像して、できるだけさりげなく目の端で後ろを探って。
自然に顔が緩む。

まあ、子供なんてすぐに飽きるモンさ。

その時が、少しでも先なら良いのになと。
矛盾する事を思いながら。

後ろから駈けてくる小さな足音に気がつかない振りをしながら。
少なくも。笑っている事に、気がつかれてはますます立つ瀬がなくなる気がして、武蔵は弛んだ頬を引き締めた。
遠くで仕事仲間が呼んでいるらしい声に、気がつかない振りをして。

もう少し。
あと少しだけ。

子供が飽きる、その時まで。






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やまだ