INDEX西部オフライン

2000年02月12日(土) [酸っぱい葡萄]

今日は楽しい葡萄園への遠足日。帰りのバスは、興奮が冷める事のない園児達がきゃあきゃあと騒いでいる。賑やかな車内で、一人ヒル魔は窓の外を眺めていた。
隣は空席。いつもなら、ごろりと横になって時間を潰すと言うのに。今日は、とても大人しい。
いつもなら嫌がる帽子をかぶって。頭を揺らさず、きちんと座席に腰掛けている。

頬をできるだけ窓ガラスに近付けて、ヒル魔は自然に込み上げる笑いを周りから隠していた。
両手で両頬を支えて、できるだけ厳めしい顔をしようとするのに。つい弛んでしまう頬。
バスは、真直ぐに幼稚園へと向かっている。一刻も早く、つけばいい。ヒル魔はそればかりを思った。

葡萄園の中に一歩入ると、そこでは完全に食べ放題となる。時間にして約1時間。子供が食べられる量などたかが知れているが、園外への持ち出しは料金制となる。今日と言う日を楽しみにしている子供達は、親からもらった硬貨とひきかえに一房ごとを持ち帰るのだった。
だから、車内の子供達の多くは膝に家族への土産の箱を抱えている。しっかりと箱づめされているものの、乱暴に扱われて中には身が潰れてしまった物も多いようだ。
ヒル魔はそんな彼らを馬鹿にするように眺めて、笑った。

本当は、こんな行事どうでも良かった。それより、昼休みにムサシに会えない事の方が大事だ。
だからこっそり隠れてやりすごすつもりだったのに、まもりに見つかって無理矢理バスに乗せられた。
腹がたってむしゃくしゃして連れてこられた葡萄園は。
思った以上に、とても、楽しかった。
たった一人でいるだけなのに。葡萄はどれも美味しかった。
ヒル魔は考える。
2人でいれば、もっと楽しいのに。
葡萄だって、きっと、もっともっと美味しいはず。

土産の列に並ぶクラスメートたちを眺めながら、ヒル魔は知恵を絞った。あいにく、今日は持ち合わせがない。けれど、所詮大人達の目は節穴だ。ヒル魔はこっそりとポケットのビニールを取り出した。
房ごと持ち出そうとするから、かさばるんだ。しかも、それは見た目ほどの量がない。
ひと粒ずつ、丁寧にちぎってそれを、隠しもった袋の中にぽいぽいと放り込んだ。
適当な大きさになったところで袋の口をきっちりと閉じて帽子の中に入れる。それを、そっと頭にのせた。
あご紐を調節すれば、ぐらぐらと揺れる事もない。
ちょろいもんだ。
計画がうまく進んで、ヒル魔は機嫌が良かった。
帰りのバスの中で皆と騒がない分、一人で窓の外を眺めて。
この隣にムサシがいれば良かったのになと、そればかりを考えてた。

バスが保育園に着いて、そろそろとヒル魔は静かにバスを降りた。
走らず、慌てず、できるだけ丁寧に林へ向かう。
帽子から葡萄を取り出したら、ムサシはどんなに驚くだろう。
バスの中でも散々想像したその時を考えて。ヒル魔はくすくすと笑った。
魔法のように、さっと取り出そう。そうして、2人で一緒に食べよう。



子供達がいない一日は、少し物足りない気もしたが作業はいつもよりも上手く進んだ。
今日の予定は知っていたので、ムサシ以外の大工達は休みの時間を有意義に過ごし。ムサシだけが未練がましく幼稚舎を眺めていた。
今日は、さすがに来ねえよな。
昼休みが終わって。午後の一息の時間が過ぎても。ムサシは集中がどこか途切れてしまう自分を自覚していた。
だから。林の入り口に小さな人影を誰よりも先に見つける事が出来たのだった。

「今日は来ねえかと思ったぞ」
「俺はそんなに、『はくじょう』じゃねえんだ」
胸を張るヒル魔は、いつにも増して「子供」らしかった。
なんだろうな、と少し考えてムサシは答えを見つけた。
黄色の、丸い帽子。
頭にちょこんとそれをのせた姿は、とても可愛らしい。
今日は会えないだろう日程なのに、わざわざ訪ねてくれた所も可愛い。
なんだ、こいつ。
こんな子供にでも、懐かれれば嬉しい。
だから。
いつもより、可愛がってやりたい分。すっと手が出た。
「今日は、楽しかったか?」
黄色の帽子を、ぐりぐりとなでてやる。
小さな頭はまだ細い首で支えられないようで、なでる程にぐらぐらと揺れた。
やっぱり、態度が大人びても体は子供だよなとムサシは思った。
「葡萄園に行って来たんだろ?」
いつもの木の下でヒル魔を膝に抱えて時間を潰すのが最近の日課だった。
ムサシはいつものようにその木へと向かい、そこでヒル魔を振り返った。
ヒル魔は一歩も、動かなかった。
細い目を真ん丸に見開き。合わせてぽかんと口まで開いている。
「どうした?」
今日の遠足でやっぱり疲れたのかとムサシはヒル魔を覗き込んだ。
目の前でちらちらと手を振っても、反応が無い。
「喉乾いてるか?ちょっと待ってろ」
ムサシはヒル魔をそこに置き、急いで仕事場に戻った。せっかくここまで足を運んでくれたんだ。ジュースの一本ぐらいはおごってやろう。

そうして、ムサシがその場に戻った時。ヒル魔の姿はそこになかった。
慌てて周りにヒル魔がどこに行ったのかと尋ねると。
どこかぎこちない動きで帰って行った事を聞いたのだった。





050507わはは。とりあえず3本でおしまい。
<倉庫にモドル>


やまだ