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■はじめに■ 01取扱説明書には、いつでも見られる場所に保管して下さい。
時は未来。誰もが当たり前のようにケータイと「歩く」ようになった頃のお話。
ムサシは、届けられた大きな荷物を受け取り、あらためてその大きさにため息を付いた。 等身大の段ボールは重さも相当で、リビングに運ぶだけでも手間がかかった。 「俺がとうとう、こんな物を、なあ。」 ケータイを持て。と、周りに言われた。今どき、連絡がつかないのは不便を通り越している、と。 確かに、それはそうだろう。しかし。どうしてもあんなに大きな物を連れ歩くのは億劫だった。 前の前の世代のものなら、手のひらに乗るサイズが残っていると聞いて、苦労して古い物を注文したと言うのに。結果、この大きさの荷物が届いたということは。 返品するか。 悩む間もなく即決する。ムサシにとってこれは、ただただ場所を取るだけでしかない厄介な荷物。世間では電話以外の多機能と、自ら付き添ってくれる従順性が好評だとか。だが、機械と名の付くものはすべてやっかいに思えるムサシにとって、そもそも四六時中そんな物に付いて廻られるのはご免だった。
梱包の外側には、簡単なバーコードしかついていない。連絡先を知るには、この仰々しい包みを開いて、中を確認しなけりゃならんだろう。と、包みと格闘すること30分。中からは、いわゆる「ヒトガタ」ケータイらしきものが姿をあらわした。 白い額に金の髪が落ちている。瞳の色はわからないが、多分青とか、緑とか、そんな色なんだろう。梱包材にまみれた身体はほっそりしていて、いわゆるどこから見ても「お人形さん」だ。ご丁寧に、服まで着せられている。あいにく、ムサシにはこういった物を喜ぶ趣味はなかった。むしろ、嫌悪感さえ感じてしまう。横たわる人形は、綺麗に出来た死体に見えた。 ええと。 説明書とか、ねえのか。 おそるおそる人形の脇に手を差し込んだ。薄いシャツごしに冷たさを感じて、顔をしかめた。腕を、腰の後ろまで延ばすが、それらしい物は指先に触れない。背中なのか、と腕をのばすが人形に長く触れているのもいやで、人形を箱ごと転がした。思ったよりも、てごたえが軽い。箱から転げた人形はあとで箱に戻せば良いだろうと、ムサシはとにかく箱をあさった。連絡先。クーリングオフの方法。それさえわかれば、あとは簡単だ。ひどい惨状の部屋を正視するのがいやで、ムサシはひたすら箱の中身を漁ることに没頭した。その結果。 箱から出た「それ」が起動していたことに全く気がつきもしなかったのだ。
「おい」
唐突にかけられた言葉にムサシはぎょっとした。 振り返った目の先に、あの人形がいた。さらさらとした金髪の下に、すこし赤みの差した頬。目は想像したどれとも違う黒で、若干あがった目尻が意志の強さを感じさせた。先ほどまで、死体だった面影はどこにもない。 「何してんだ、あんた」 あぐらをかき、頬杖をついたままの姿勢でこちらを見る人形の表情は、怒りを含んでいる気がした。箱から転がした時に、何かのはずみでスイッチが入ったのだろうか。
「何してんだ」
ようやく箱の中から取りだせた説明書を片手に、俺はぼんやりとそれを見ていた。白いカッターシャツと青いジーンズに身を包んだ男の表情は、どう見ても、従順という機能は備えていないように見えた。
「……何でお前、動いてんだ?」 「ばかか、光子アキュミュレーターぐらい、今どき何だってついてんだろうが」
ばか、と言われた。従順がうりものの、ケータイに。怒るより何より、思ってもみない事柄の連続で、黙り込んだムサシをみつめる「人形」の眉間はさらに溝が深まった。
「だから、何やってんだよ!高性能な俺を、箱から引っぱり出して、床に転がして、そうまでして何やってるかって聞いてんだ!!」
なる程。扱いの悪さで怒っているのか。流れるようにまくしたてられて、ムサシはむしろ機械に対する引け目を忘れた。
「いや、説明書探してた。」 「なんだ、使い方なら俺に聞けゃいいだろ。」 「おお、そうか」
睨む程だった目つきから、ふっと力が抜ける。それだけの表情に、とても人間臭い物を感じたムサシは、何も考えることなく口にしていた。
「クーリングオフのやり方、教えてくれ」 「は?」 「わりい、返品したいんだ」
額とこめかみがひく、と動いたのは気のせいじゃあないだろう。よくできているもんだな、とじっくりと観察していたムサシの前で、人形は顔を俯かせる。深く、深く、俯き、その背中かからただならぬ気配が立ち上る。次に何が起きるのだろう、とぼんやり観察していたムサシは、突然伸びてきた腕に完全に虚を付かれた。 人形は、素早かった。箱に残っていたその他の紙切れを全部手にすると、部屋の片隅にあったキッチンに駆け寄る。止める間もなく紙切れには火がつけられ、あっというまに炎に飲み込まれた。 めらり、と炎が舌を延ばすより早く、人形はそれをシンクの中に投げ入れる。人形は、紙の原形がなくなるまでシンクの中の炎をじっとみつめていた。
「いいか。良く聞け。2度と、2度とだ」
勢い良く蛇口をひねると治まりかけた炎がじゅんと音をたててかき消える。部屋に立ち篭める嫌な匂い。 「俺を返品しようなんて、考えるんじゃねえ」
こうして。 ムサシはめでたくケータイを手に入れた。
>> 倉庫にモドル
やまだ
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