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とりたてて綺麗でもなく。とりたてて旨い訳でもない。 ただ、安くて早いのが何よりの定食屋。 昼間からビールを傾けるおじさんの頭にねじりはちまき。 店の前には工事関係者達の車。席が足りなくなると、 外に皿を持って車の影で食べる彼ら。 椅子もテーブルも年代物で、あちこちに油がしみついた店。 客層はおっさんばっかり。顔見知り同士が軽口を叩きながら 野球と工事と景気の話で盛り上がる店。 全員の肌の色が濃くて、夏はランニング。冬は作業着。 代わり映えしない仕事の繰り返しの中で、客が求めるのは紅一点の看板娘。 柄が良いとは言えない客層を、巧みに言葉であしらう娘さん。 みんなに妖ちゃんと呼ばれている彼女は、最近恋をしています。 新入りだと言われた彼は、この店の誰よりも若いはずの、「厳ちゃん」。 名字はまだ知りません。 忙しい昼食の最中では、声をかける暇もなく。ひたすら、その可愛いお耳で情報収集。 タケクラ工務店の跡取り息子。あんまり仕事は熱心じゃない。 こんな見た目でも実は若い。無口だけど、女の好みはうるさそうだ。 こういう奴がムッツリなんだと。 からかわれても静かに笑う青年。 ただ、見ているだけでは気がすまなくて。自然と大盛りにしてしまう「厳ちゃん」のご飯。 「なんだい妖ちゃん、こいつの飯だけ盛りつけが随分違わないかい」 回りの常連さん達につっこまれて、初めて「厳ちゃん」の目線が娘さんに向けられます。 そういえば。濃い味付けが好きな武蔵の盆にいつの間にか乗るようになった、ソースと醤油。 あれは、この娘さんが? 目があったところで、どうも、と言うように頭を下げると。 「別にそんなんじゃねえよ」と返されるけれど。 その日から、おかずも少しずつ増えるようになる。 「まだ若いんだろう、野菜を食え」と残した時には叱られるようになる。 けれど、武蔵の皿だけ人参が入っていない筑前煮。底の方にたくさんのお肉。 工事の時間がのびて人気がなくなったころに顔を出すと、食後にお茶が出されるようになる。 店に客がいなければ、向かいの席に看板娘が腰を下ろす。 厨房は静かで、料理人は奥で午睡。 年代物の扇風機がかたかたと音をたてて首を振る。 風物詩となった高校生達が走る姿を映すテレビ。 ラップで巻かれたリモコンでそれを消せば、残るのは青年の咀嚼音。 口も開かずに、ただ黙々と飯を口に運ぶ姿を見ている、娘さん。 今日のおひたしは、自分が作ったとか。 随分暑くなってきたから、そろそろ食いもんに気をつけないとなとか。 何が好きだとか。 いつも休みの日は何をしているのかとか。 名前を教えて欲しいとか。 言えずに、黙ってその食いっぷりを見ているだけ。 静かに、箸を盆の上に置いて、ごっそさんとのつぶやきに、おうと返す。 それだけの間柄。 ---- 口は悪いし態度も大きい娘さんは、最近元気がありません。 厳という青年の評判が最近少し悪いのです。 跡取り息子なのに、仕事に熱が入っていない。 あれじゃあ棟梁も可哀想だ。 色狂いってやつかい。なんでも随分とあっちの方に熱心らしいぜ。 うらやましいねえ。 妖ちゃんもあの若いのに気をつけるんだなぁ。 「いいから、さっさと皿のもんを片づけな」 いつものように軽口でテンポ良く会話を続け、酔っ払いが伸ばす手を 軽くはたきながら。娘さんはふうむと考えを巡らせます。 そんなふうに、陰口を叩かれる様には見えなかったのに。 ここのところあまり顔を見せなくなった青年を思い返して、娘さんは 苛々と食器を運びます。テーブルに置く時の音が、いつもより少しだけ大きく。 高く、乱暴になっている事に、娘さんだけが気がついていません。 夜。 明日の仕込みをするうちに足りなくなった食材を買いに深夜のスーパーへ。 その店内で、惣菜コーナー前に立つのはまぎれもないあの青年。 空になってしまった棚の前で困ったように腕を組んでいます。 どうしたもんかと考え倦ねている横顔。娘さんは仕方なく声をかける。 「なんか、探してんのか」 「……?」 青年は怪訝そうにこちらを見ています。 ああ、畜生。こんな時のために名前を聞いておけばよかったんだ。 「あんた、「厳ちゃん」だろ」 今まで名前を呼んだ事さえもなく。 はじめて口にした音は、青年の眉間のしわをさらに深めただけ。 「わりぃ………。あんた、どっかで……」 どうやら、心当たりに自分の顔は入っていないらしい。 印象は薄いだろうと思ってはいたけれど、まさかここまでとは。 沈み込みそうな気持ちで、今さらの自己紹介。 「そこの、川向いの定食屋の」 「…………ああ」 あの。と、ようやく合点がいったように青年がうなずく。 そうだよそこの店員だ。少しは顔ぐらい覚えても良いだろ、と 怒鳴りそうな自分を押さえる。 「飯、もう無いんじゃねえの?」 「ああ、そうなんだ」 このあたりにコンビニなどという気の効いた物は無い。 「…………だったら、うち、来るか」 平気な顔で言えるように、努力したつもりだった。 陳列棚の前で困り顔の青年を見た時から。頭の中でその言葉ばかりが ぐるぐると渦巻いていた。 「……残り物ぐらいしか、ねぇけどよ」 いいのか、と訪ねるように首を傾けてくる青年。 「かまわねえよ」 言葉に嘘はないものの。緊張で汗ばむ身体。 断られる事が恐いし、断られなくても、恐い。 ただ。 こんなチャンスはもうきっと、巡ってこない。 しばらく考えたのちに、じゃあ頼むと青年が小さく呟く。 娘さんの恋は。こうして、動き出したのです。
20050521 next>>-5555hit御礼- [男の体に☆飯を盛れ] <キリ番倉庫にモドル> <倉庫にモドル>
やまだ
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