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2000年01月27日(木) 6666記念[男の体に☆飯を盛れ2後編]

昼でも薄暗い店内。武蔵と2人で会う時にはいつもこの暗い中だけで。その顔がいつも笑っているのか、怒っているのか、判断がつかないと思っていた。
今。
急に日が陰った気がした。
見上げてくる表情が見えず。目をこらせば意地悪く笑う口はしだけがかろうじて目に入る。
ヒル魔、と促すように声をかけられて。どうしてこんなに目の前が暗いんだろうとぼんやりと思った。
名前なんて呼ばれなくても、自分が武蔵を拒む事なんてある訳がない。
やれと言われれば。
そのとおりに動く馬鹿な自分。
武蔵にしっぽを振るような浅ましさしか持たない自分。

なのに。
日が陰る。武蔵がぼんやりと闇に沈む。
視界が揺れているのはどうしてだろう。
何度目かに名前を呼ばれて。のろのろと武蔵の足の間に膝をついた。
暗い闇の中で、武蔵の表情は読めないのに。そうする自分へ、笑う武蔵が、想像できた。
にい、と笑う武蔵以外を。
想像する事ができなかった。


地震なのかと思うくらいに、ゆらゆらと揺れる視界。ああ、自分が揺れているんだなと気がついて支えるように武蔵の膝に手をついた。腰をおろし、奇妙な化粧をされたそれに顔を近付づける。どこか麻痺したように舌がのびて。嫌悪する白にゆっくりと近付いて行く自分を、夢を見ているみたいだなとぼんやりと考えた。
そうだ。
少し前に自分を抱き締めてくれた腕。
今日初めて名前を呼んでくれた声。
頬を撫でてくれた指。
そんなものが、あった。少し前の事だった。

どこからが夢だったんだろうと白い泡の前で考えた。
きっと、全部が夢なんだろうなと思ってみる。
だからこんな事も全然平気で。本当は今自分はどこかで眠っているんだと。
武蔵もいないどこかで夢を見ているんだと。

どうせならもっと楽しい夢がいいなと思いながら、ヒル魔は小さく口を開いた。

どこかが麻痺してしまったのかもしれない。
武蔵に何をされても好きだと思う心も。
馬鹿みたいに何でも受け入れる自分も。
望んでも手に入らない苦しさも。

真っ白にクリームで上から塗りつぶしてしまえばきっと、楽になれるだろう。
そうして。何もかもが白い中で。むせ返るような白の中で。
寂しくてその白を掘り起こす自分が目に浮かんだ。
泥濘とした白に腰まで埋まりながら。きっと自分はこの気持ちを捨てられないんだろうと思ったところで。
舌の先に忘れてしまいたい味覚を感じてヒル魔は現実に突き戻された。




反射的に吐き出したい物を感じてヒル魔は目をつむった。
むせる程の匂いに包まれて、ひどい目眩を感じる。身体を支えようと武蔵の腿に置いた手に力をこめようとして。両腕がみつからない。
肩から先も、首から下も。じゃあ、この重い頭を支えているのはどこだろうと思った時には。
バランスを崩し、意識していないまま顔を白に突っ込んでいた。

頭の上で小さく息を呑む音がして、歯があたったのかと慌てて口を広げ。
歯止めがきかずにずるずると武蔵のものをのみこんで、同時に口内に忌むべき物の侵入を許してしまう。さっきまで、何度も武蔵に指で口をこじあけられた。その隙間に甘さを押し込まされて、指を食いちぎりそうな反射を必死になって押さえていたけれど。
その、数倍もの衝動が体内で渦巻いた。
閉じたい口の中に、武蔵の脈と熱を感じる。
喉の奥まで含んでもまだ根元までは飲み込めない大きな熱の塊を咥えて。
顎を強ばらせて、自分を止める。
からからに乾いた口の中には唾液さえも沸いて来ず、口の中にたまった甘味がどうしようもなくヒル魔に押し寄せた。悪意に満ちているそれを飲み込む事も。吐き出す事も出来ない。
ましてや、動く事など。
固まったままのヒル魔の頬に、ふいに、武蔵の指が触れた。

強引に頭をつかまれて揺すられてしまうかと、一瞬ひやりとした恐怖が沸き。
そんなこちらの思惑などを意にしていないような指に、頬のラインをゆっくりとなぞられた。
強制も、制止もその指は要求しない。ただ撫でるだけのその動きにだんだんと顎の強ばりが解けていくのを感じて。ヒル魔は逃げるように顔を浮かせた。
力を抜けば、ぎりぎりと噛みしめてしまいそうな嫌悪。
口の中の粘液に直接触れる甘味はヒル魔に酷く暗い欲求をつきつける。
無理矢理、それを押し込めて。ヒル魔は顔を上下に揺らした。
舌の先でクリームを割り、先端のくぼみを何度もつついた。
そこから滲む液に舌をからめて、意識を武蔵だけに繋ぎ続ける。
匂いも、感触も、味も、欲しいのは武蔵だけで。
他には何も感じたく無くて。

顔を上下する程に頬に新しく触れてくる柔らかでおぞましい泡。
唇の動きに合わせて、入り込んでくる油のぬめり。

そんなもの全部を舌に感じる武蔵で塗りつぶした。
苦いと感じる味覚をただ欲する。
熱いと感じる温度をさらに上げる。
次第に口内を圧迫する雄に、荒れる嫌悪が落ち着いていく。
口の中が武蔵だけで一杯になって。
舌を動かす事も出来ないほどに圧迫されて。
苦しいはずのその状態にヒル魔はうっとりと目を細めた。
顔を動かし、口の中へ刺激を繰り返す。
あれほど意識を占めていた嫌悪も、不快も薄れる。
身体のあちこちから緊張と強ばりが緩みだした。
自分を支えるのもおっくうで、ヒル魔は上体を武蔵にもたれさせた。

舌をきつくからめて、その反応を確かめる。
髪を撫でる指がさっきから止まったまま。降ってくる息が荒い。
もうすぐ、終わる。
ふとそう思って、言い様の知れない不安を感じた。
舌で覚えた武蔵自身の変化に、教えられたとおりの刺激を与えながら。
脳裏に浮かんだその言葉の禍々しさに根拠のない不安が膨らみ出す。
ヒル魔の髪をつかむ武蔵の指が、軽く立てられた。
深く息が吐き出され、そのまま、止まったとヒル魔が感じた時。
口一杯に広がる吐瀉液。
喉の奥まで数度にわたって飛び散るそれを全部受け止めながら。
ヒル魔は妙な胸騒ぎを黙殺した。
胸の内から沸いてくる、いくつもの思い。

口に出せば止まらなくなりそうな、武蔵への思い。
好きという気持ちと同じくらい、強い訴え。

吐き出せば全部が終わりそうなその思いと一緒に。
ヒル魔は目を伏せて、全部を飲下した。


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ずる、と身体を崩して床にへたりこむヒル魔を武蔵は息を整えながら見下ろした。
まさか本当にするとは思わなかった。
どこまで言えばヒル魔は拒むんだろうという前からの興味もあって、口にしてみただけの要求。恐らくは相当に嫌だったろうに。
一度も拒む事をしない、娘。
一体ヒル魔に自分はどう写っているのだろう。
頭に巻いたタオルをほどき唾液とクリームに汚れた股間を拭う。
自分でやったこととはいえ、油性のシミが散った部分を見下ろして少しため息をつく。
こりゃあもう履けねえな。
一応の身支度を整えても、床のヒル魔は身動きもしない。
だらりと口端から唾液を零しながら、放心したような表情を浮かべたまま。
勝手の知った厨房に入り、水を飲み。空いたグラスに水を満たしてヒル魔の元に戻った。

教えれば、ヒル魔はどんな事でも覚えた。
どんなに恥ずかしいのか、どんなに辛いのか。何も訴える事なく。
いつのまにかその限界がどこにあるのかを試している自分に気がつかされた。
ただ、ずるずると関係を続けて。
そろそろ潮時かなと思いながらこの店に通っていた。
自分に心底惚れた馬鹿な娘など、今までそうしてきたようにいつでも捨てられる。
ただ。
ここまで自分に惚れて見せる存在には興味がそそられた。
それなりに早い時期から女達に声をかけられて。何時の間にか当たり前のように身体を重ね続けて。薄れかけていた性への興味や欲求が、この娘には呼び起こされた。
ずるずると、関係が続いている。
今までの自分なら、とうにほうり出していただろうつまらない娘相手に。

グラスを目の前に見せて。飲むかと問うても返事も返って来ない。
さすがに酷い事をしたかなという意識がちらと掠めた。

客や、取り引き先の相手達全員の前で、殴られた時も。
ここしばらく続いていた嫌な空気が決定的なものになった今日も。
億劫な事の連続で、眠りから覚めても眉間が強ばっていた毎日。
気がつくと足がこの店に向かっていて。今日は何をしてやろうかと考えている時だけはそんな些細な事を忘れる事が出来た。
癒されているのとは違う感覚。
事態から目を背けているだけで何も解決はしていない事は分かっていても。
考えたくないという気持ちが強い程に、この店へ足が向いた。

けれど。
娘に対して。決定的に何かが欠けている自覚がある。
ヒル魔が自分へと向ける目線。欲している感情。
それの名前をなんと言うのか。
自覚する程に、困惑が生まれた。

まっすぐにヒル魔に見られている前では、手を伸ばす事もできなかった。
あまりに純粋に自分にむけられる好意の塊。
興味でも、物珍しさでも、同情でもない純粋な塊。
初めて向けられるそんな濃いものに、向き合える何かなど持ってはいない。

ヒル魔に意識が無い時にかろうじて伸ばす事ができる、腕。
とても臆病で情けない、卑怯な自分。

けして拒絶を示さないヒル魔。自分を拒む事のない、ただ一人の存在。
汚したいわけではないのだけれど。
それしか知らない自分に嫌悪がうまれる。
それはまた、娘にぶつけられて。
止まらない悪循環。

うつむいたまま動かないヒル魔に武蔵は問いかける。
俺は一体、お前にどうしてやりゃあいいんだ。
面倒な、現実。
先延ばしにして来た決断。
ここでほうり出すべきか。それとも。

水を飲むか、と目の前でグラスを揺らしても返事が返って来ない不安。
初めて黙殺された自分の問いかけに。
手を離すなら今だと絶えずささやく自分の意識に。
所在のないグラスを手にしたまま、武蔵は答えを探し続けた。









20050528

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