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2000年01月26日(水) [男の体に☆恋を盛れ]1

目の前で数回手のひらをひらひらと動かすと、ようやくヒル魔は顔をあげた。
まだ大分ほうけたままで視線が定まっていないヒル魔。
覗き込むと不思議そうに見上げられた。
その、顔の。あちこちに散った白の残骸。
泡自体はとうに崩れて、白い液体となってこびりついている。
髪についたものはとうに乾き、べたつきが塊になって絡まりをみせる。
額から頬にかけて。目元から顎まで。真っ赤な目が白さに囲まれて痛々しい。
拭うように指を伸ばすと、びく、とヒル魔の体が震えた。
行き場を無くしてしまった腕を、少し考えてから下ろす。
「すげえ顔、してるな」
優しくしてやりたいなと思っていた気持ちが簡単に萎むのが分かった。
「ぶっかけられた、みてぇ」
見下ろして、笑おうとして、うまく顔が作れなくて顔ごと背けた。
いつもと同じだと思ったところで。視界にヒル魔の腕が動いた。
目を向けると同時に、それが顔に飛び込んで来る。
力も勢いも中途なそれを軽く流したところで足に痛みが走った。
軽い衝撃が数回続き、そして止まり。
武蔵はヒル魔の全身を見下ろした。ひどい、有り様だった。
中途にぬがした下肢にまで白の名残りが残っている。

「ふざけるな」
弱々しい言葉は、それでもはっきりと武蔵の耳に届く。
何かにもたれ掛かるようにヒル魔が動き、椅子がそんな体重を支えきれずに後ろに下がった。床を滑る椅子の音がやけに大きく武蔵に届いた。
崩れそうな上体を手でささえ、そばの椅子にもたれかかる。
ちくしょう、と呟く声。
俯いた表情が知りたくて覗き込むと再び蹴られた。
「てめえ、何様のつもりだ」
顔も向けられないままヒル魔が口を開く。

武蔵に顔を見られたくなかった。相当に汚れてしまっているだろう顔や。
全身にぬりたくられた体や。それでも甘んじて全部を受け止めた自分を。
見られたくはなかった。
これ以上、みじめな気持ちはいやだった。
いいかげんにして欲しい、と口に出しかけて。それは自分への言葉だと口を閉じた。
もう良いかもしれない。これで、潮時かもしれない。
こんなみっともない姿を見られたくはなかった。
ここまでしても。
まだ縋るような自分。
それでも、その気持ちが届いていない。
武蔵に、信じてもらえない。
だったら。もう、いい。

何度も武蔵は繰り返した。俺が好きなんだろうと。
言葉の裏に、だったらできるだろうと臭わせて。
出来なければ好きじゃないんだろうと臭わせて。
強制されるような、行為の押し付け。
好きだと言葉に告げようとしても。信じようともしない目。
信じられないと臭わす態度。
その頭をつかんで、怒鳴り付けたくて。
それでも出来なかったのは分かって欲しかったからで。

それも、これも。
武蔵への気持ちを分かって欲しかったからで。

もう、良いと思った。
どうにでもなれと、口を開いた。
「お前、ムサシなんて名前じゃねえだろ」
どうでも良いと思えた。
「タケクラ工務店の一人息子で」
出て行って欲しかった。
「有名な放蕩息子で」
見られたくなかった。
「養子で」
泣きそうな自分を。
「そんなの、全部」
好いてさえもらえないみじめな自分を。
「俺が知らないと思ってたのかよ」
俺が、お前の事を。
「知られたら、同情されるとでも思ったのかよ」
知らない訳がないだろう。

一人で全部の不幸を背負ったみたいな顔しやがって。
誰も信じられないって顔で。
俺の事なんて何一つ見てもいないで。

もう。疲れた。

一緒にいるのは楽しい。
こんなにされてもまだ嫌いになれないのはよくわかっている。
酷い男だ。
でも。もう。疲れた。

「出てけ」
武蔵が、揺れたように見えた。
俺が、何をしたって。何だって受け入れると思っているんだろう。
それでも。この気持ちを信じてもらえない。
餌をちらうつかされて気持ちを試されるだけの関係に。
もう、疲れた。


力の入らない足で、ヒル魔は何度も武蔵を蹴った。
もういい。
「出て行け」
何か言おうとしている武蔵の言葉を聞きたくなかった。
俺の事が好きなんだろうと今、言われてしまえば。
うなずいて結局同じ事を繰り返してしまいそうで。
それが一番怖くて。
それでもそんな言葉が欲しくて。
ヒル魔が惚れた、酷い男。
薄ぐらい店内ではその表情も見えない。
まだ、自分はこの男に惚れていても良いのだという言葉が欲しくて。
全部、終わりにしたくて。
相反する2つの思いをどうしていいのかわからず。ただ、足を蹴りつけた。
何かの、終わりが欲しかった。

少し、距離が空いてヒル魔の足が届かなくなる。
しばらく武蔵はそうしていてから。
小さく、「そうか」と呟いた。
その後に。じゃあな、と小さな言葉が続いた。

それだけで。

店内に残されたヒル魔。
椅子にもたれて、ヒルマは武蔵がいなくなった店内を見渡した。
とても広い、がらんとした場所。
もう、あいつは来ないかなと自問。
来ないだろうなという予測。
とてもわかりやすい予想。

こんなに武蔵が好きなのに。
結局、無理だった。
ヒル魔は顔を椅子に突っ伏して流せなかった涙を、零した。
可哀想な、俺。
馬鹿な自分。

ヒル魔はただ自分の為に涙を落とした。
涙は後から後からこぼれて。
簡単には止まらなそうな涙に。
また、涙を零した。

可哀想な可哀想な、可哀想な自分と。
武蔵を思って。












ええと、続いてます。とりあえずあと半分ね
20050529 0515

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<キリ番倉庫にモドル>
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やまだ