INDEX西部オフライン

2000年01月17日(月) ごめんなさい。死んじゃうのはしかも雲水です

















阿含が泣く時ってどんな時だろう。
誰かが死ぬ時。誰かに負けた時。何かを無くしてしまった時。

誰が死んだら泣くのかなあ。
雲水が死んだら、あの子はそれを認識出来るだろうか。
病院のベットに横たわる自分の分身を眺め下ろして、
そこに死期を感じとった後。あの子は一体どうするだろう。
戦国武将だったらこの子は絶対織田信長だ。
悲しいとか辛いとかそんな感情を整理出来ずに怒りばかりが先走る子だ。

ヒル魔が死んだり一休が死んだりしたら、あの子はそれを信じるだろうか。
「けっ」とか言いながら「どうでもいいね、そんな事」と言いながら
ぼんやり、ヒル魔と会った場所をふらりふらりと歩きそうだ。
一休と過ごした場所はどこもアメフトに縁がある所ばかりで
なんとなくいつもと違う、けれどいつも以上に近寄りがたい
空気をまとった背中を部員に目撃されるんだ。

雲水が死ぬ時。
多分、それは逃げられない事実として目の前にあって
目を反らしたくても頭がしっかり受け止めちゃって、
また会えるかも知れないなんて、そんな逃避さえも許されなくて
どうしていいのかわからないままどうしてなんだと怒るばかりで
家からも出ず、部屋の隅から動く事も出来ず手の届く所の物をつかんで
それを握りつぶすばかり。
静かに、静かに荒れる部屋。
どうしてこの手につかめないのか。
同じ顔、同じ身体、同じ手足、才能が無かった、自分の分身。

気がつけば自分の両手を見下ろし、握っては開いて、そこに雲水の影を見る。
この手が簡単につかめるものを、つかむために努力をくり返した兄。
望むと望まざるに関わらずついてきたたくさんの称号。たくさんの賞賛。
誇るような、当然のような、恥ずかしいような気持ちでいながら
どうして雲水はこれを持っていないんだろうと不思議に思う時期があった。

いつもうざいと思っていた。
自分の後ろで静かに息づくあの男。ゴミの癖に。カスの癖に。
どれだけ顔をあわせなくても、どれだけ距離を置いてみても
それでもすい、と懐に入って何もなかったように笑う。怒る。
自分を怒鳴り、自分を引っ張り、そしていつもそばにいた。
そばにいなくてもそばにいた。

いないとわかってしまう今。そこにぽっかり崖が広がる。

暗いのか闇なのかそれは深いのか、もろいのか。
崖が広がる。そこにあるのは沈黙ばかり。
空気さえもゆるがない、広く広がる大きな空虚。

何一つ、何一つさえも手に入らない。あいつは何もつかめなかった。
生まれた時から、この今まで。
努力するだけしておきながら、何もつかめない生き方だった。
二つに分かれて生まれた意味は、こんな現実を見るためなのか。



悲しい訳じゃ無い。
辛い事じゃない。

ただ。
ここにいないという、ただそれだけの。
強烈なだけのただの現実。

縋る物が何か欲しくて、手の中の物を握りしめる。
時々痛みが走りもしたが、そのうち気にはならなくなった。


何も出来ず。欲しいものがたくさんあって。
それに向って足掻いていた。才能のない、自分の分身。
こんなみじめな思いをするなら。
お前、生まれて来ない方がよかった。

みじめだ。
カスだな。
ゴミらしい、底辺を這い回った短い一生。

顔をあげると、割れた鏡が目に入った。
最後に見た兄の顔。白いものに囲まれた中、負けじと白い顔をこちらに向けた。
ごめんな、と小さく動いた唇。
掴まれた腕の妙な熱さ。

情けねえ。
みっともねえな。
ゴミならゴミらしく、潔くいけよ。

何を言ったのか覚えていない。

ごめんな。
その言葉だけが頭に残る。

謝ってどうする。
てめえが何を、俺に言う?それは最期のお前の望みか?




鏡の中から、こちらを見つめる。
ごめんと、最期に口にしていた、あの表情がそこから消えない。

お前の悔いも。思い残しも。
俺は何一つ背負うつもりはねえんだよ。
ごめんて言いたい、てめえの気持ちはとことん勝手で気持ちが良いな。

押し付けたつもりだったか。
残った俺にお前のそれが、何かを残したつもりなのか?


カスは死んでもカスなんだよ。



気にもならない。
大した事じゃない。
つまんねえ、ただの事故だ。
うざい蠅が飛ばなくなった。
気楽じゃねえか。
のびのび、好きにやれるじゃねえか。


だから、こうして何日も。
動けないのは「てめえ」のせいじゃねえんだよ。

大した事じゃねえ。
別に気にする事じゃねえ。
なのに、ここから動けねえ。

鏡の中の静かな視線。
最期に謝ってそれで全部チャラにできると思ったのか。
腹がたつ。静かにゆらりと怒りが沸く。

言えばどうにかなると思っているのか。
言えばお前は楽になるのか。
言えば俺は許すと思っているのか。


言いたい事があるんなら戻ってこい。
言いたい事があるんなら、お前は俺に直に言え。

憎いばかりの置き土産。


最期の最期まで、卑怯な兄の置き土産。


やまだ