INDEX西部オフライン

2000年01月06日(木) アヒルのつもりなんですがムサヒル。かもしれない。

 





ファミレスから出たヒル魔は、重く、苦いため息をついた。
2年ぶりの顔合わせを逃げるかどうするか、ここに来るまで本気で迷った。
少しは変わっていてくれると良い。そんな願いをこめた今日。

記憶の中のあいつのまま。
あのまま、歪んだあいつの態度。

胸の奥が、後悔に苦い。
俺があいつを選ばなければ、あいつがこれからどうなるのか、と。
2年前に想像は出来た。わかっていながら、選ばなかった。

想像が崩れてくれればと無責任に願った。
あいつは俺がいなくても平気なんだと、都合の良い事を考えていた。
それは無責任な逃避。可能性の低い希望。身勝手な予想。
結果を知りつつヒル魔は阿含を放棄した。
たった一つを選びたくて、そのために全部を放り出した。


あいつの歪んだ態度と思考。
原因は、俺。こうなることを分かっていて、それでも手を離した自分のせい。


平日の昼、車の数がまばらな駐車場。さえぎるものもなく吹き付ける寒風。
嫌でも思い返される、2年前のあの頃。
いくつもの選択から、ただ一つを選んだあの時。
目をつむれば蘇るのはあの頃の思い。1人繰り返した謝罪の言葉。


[願いの代償]


阿含に出会ったのは5年前。互いに、小さな糞ガキだった。
転校してきたその日の内に、阿含は「危険児」のレッテルを貼られた。
初めて感じる「似た者」の臭い。
強い興味と同族意識を感じたのも、考えてみれば当然の流れだ。

当たり前のように気があい、つるみ、行動は派手に、楽しさも倍に。
同じ学校に通っていたのはとても短い。せいぜい1年。あの頃は、とても楽しかった。
今までに感じた事のなかった感情。
仲間、友達、あてにできる存在、自分を怖がらない者。距離が必要ない間。

あの頃、あいつは俺が好きだと言った。俺も、あいつが好きだと言った。
口にした言葉は、妙に恥ずかしく、すぐに照れで打ち消したけれど、胸の奥に残る思い。
嘘でもなくて、意地でもなくて。
こいつだったら好きになってやっても良い。ずっと一緒にいても良い。
何も知らない分だけ本気で、無知から気持ちは混じりけもなく、知らないままでも続けていられた、損得のない、間柄。何も無くても楽しい毎日。


再び阿含は家が離れ、中学は別。
けれど疎遠にならなかったのは、互いに互いが必要だった。
他のヤツじゃあ物足りなかった。
授業が終われば当たり前のように待ち合わせ、つるみ、
無駄な会話を楽しんで、そうして共に過ごしていた。
何か楽しい事はないかと、愚痴を言っているときでさえ。
暇だと思う閑も無い。
背中合わせの温い体温。誰もが恐れるこいつに近付く、ただ1人。
自分は特別。こいつも特別。
胸をくすぐられる何か。
共に行動することで回りから一目おかれる気持ち良さ。

やる事なす事、気が合った。
暴力を嫌わず、道徳も無視し、口喧しい押し付けも無い。
互いに家が離れていたから、互いの家に寝泊まりも増えた。
このままいつまでもだらだらと一緒にいられると思っていた。中2の春まで。

全部、あいつに出会うまでの話だ。





春から、夏へ。
季節が変わる最中に、たくさんの事が変わり尽くした。

手にするものは初めてばかり。
自分が無知だと思い知らされる。
些細な事で心がびくつく。挙動不振になる自分。
今まで何をしてきたのだろう。今まで、何を見てきたのだろう。




不思議な程に、総てが変わった。

町並みの色。空の明るさ。土ぼこりの匂い。汗のべたつき。
伸ばされる手。ぽかんと見開く目。単純な会話。裏の無い言葉。
鬚のある顎。ガキ臭い笑い顔。馴れ馴れしい馬鹿。

目を逸らせない程の、馬鹿。





好かれたい、と初めて思った。
自分からも、手を伸ばした。触れるか触れないかの所で手を下ろした。
おずおずとそれをくり返し、指がなぞるのは体温が残る椅子。脱ぎ捨てた上着。
黙っていられない気持ちがあった。
伝わらない事が歯がゆかった。伝わらなくて、ほっとしていた。

気がつくと目が背中を追う。
頭の中から消えない存在。
時に気持ちはイライラと波立ち、些細な小さな事が気に触る。
穏やかで満ち足りた気持ちも増えた。原因はあいつ。
自分以外にむけられる、あいつの悪意の無い態度。

嫉妬。憎しみ。怒り。空しさ。自分はとても心が狭い。
気が短くて、みっともない。こんな醜かったのだろうか、何度も自分を嫌悪した。
恥ずかしい思い。隠せない感情。押さえられない鼓動。吸い付けられる目線。
一挙一動に一喜一憂。
何もかもが気になって、思う気持ちが熱になった。




初めて、誰かに欲情した夏。




触れる事。重なる事。相手が自分の体に悦ぶ事。顔。声。熱。鼓動。
それが嬉しくて楽しくて、泣ける程に幸せだった。





武蔵を好きになった夏。





阿含にも、栗田にも、他の誰にも。こんな気持ちになった事はない。
暗く、重く、何にも変える事の出来ない、とても歪んだ強い欲求。

好きという気持ちが素晴らしいなんて。一体だれが言ったんだろう。
まるで直らない病のようだ。深まるばかりの底のない感情。

手に入らないのが嫌だ。
失う日が恐い。
単なるエゴの塊になる。






これを、気づかれないはずが無い。


自分を世界で一番と思う、信じて疑わないあの男。
周りに求めるのは服従と支配。ただ唯一の例外に選ばれた自分。
嬉しかったのはほんの一瞬。

すぐに覚えた「濃い」付き合い。対等という関係の他の意味。いくつもの側面。

武蔵の態度に比べてみれば、あまりに奇妙な阿含の態度。
無言で押し付けてくる強い妄信。
『俺がお前を見ていなくても、お前は俺を追いかけろ。』
暗に求められる絶対の「好意」。

特定のコール音を黙殺する数が、次第に増えた。
ちらちらと見えかくれしていた結末。
早く結論を出すべきだ、と。わかっていながら先送りにした。



卑怯な事をしている自覚は、随分前から持っていた。
求められているのは「好意」。向けられるのも「好意」。
けれどそれは片寄った物だ。
俺1人だけを見ていろと押し付け、他の総てを否定するやりかた。

阿含との付き合いが重くなる。息苦しささえ、感じてしまう。
楽しかったのは嘘じゃない。
好きだと口にしたのも本当。
気分次第で殴られる事もある。
殴り返すのも嫌いじゃ無い。
阿含はけして、嫌いでは無い。

なのに、重い。

笑いあえない。
気分が晴れない。
どこか、重い。
機嫌次第で変わる態度。
どれだけ楽しく話ていても、空気はとても急変しやすい。

気を使わない気安さはある。
多少の不機嫌程度には慣れた。
自分の思うままに感情を外に出す素直な阿含。
それが自分は嫌いじゃ無い。

強い力を持つ目。
押し寄せて来る好意。
要求ばかりを押し付ける圧力。
阿含は自分を見ていない。
そばにいれ、離れるな、俺を見ていろ。

俺に満足しろ。

そればかりを突き付ける阿含。
自由で、勝手で、気侭で、我が侭。
目はいつも他を向く。なのにその手は離れない。
自分が何を欲しがっているのか。気がつきもしない、無知な阿含。
だれど自分は知ってしまった。

欲しい物はただ一つ。

口にすれば阿含はきっと自分を手放す。
1か0か。あいつが欲しがる答はそれだけ。
「阿含」以外が大切だと言う、そんな自分を阿含は捨てる。

そうして、あいつはきっと崩れる。
歯止めがきかずに、走り出す。
急な坂を転がりかけるあいつの兆しを何度も見て来た。
自分がいるから、留まっている。
これは自惚れなんかじゃない。判断と分析。純粋な事実。
とても単純な阿含の性格。

アンバランスな、純粋さ。
混じりけのないあの男。他人を曲げても、自分が折れる事は無い。
歪んだ直進。可能にした才能と環境。踏み止まっているのは自分がいるから。

自分を、阿含が好いているから。
「自分」はあいつにとっての代理。
手に入らない物をごまかすための、単なるパーツ。
ギリギリのバランスを取るデッドライン。

離れれば、何が起きるか。想像は容易い。
それが恐い。それが辛い。それは嫌だ。
けれど阿含は選べない。
阿含だけを見てはいられない。
もう知ってしまった、覚えてしまった。

あの濃さ。あの熱。あの息。あの声。
無かった事にはしたくない。

突き放せないまま時が流れた。




2年前。




妨害された、栗田の道。俺達の道。クリスマスボウルへの一番の近道。
いつか、こんな事になるだろうと、思いながらも伸ばしたツケ。
先送りにした「決着」は、想像したより惨く重く、拍手したくなるほどの陳腐なものだ。

俺が、もうあいつを追いかけないという事。
戻ってこいとぶつけられた、痛い程の阿含の執着。

戻りたく無い、自分のエゴ。



悪意は全部栗田に向った。
原因は自分。回避出来るはずだった結末を、破裂するまで放置した自分。

武蔵を選んだ自分のエゴ。




あれから、2年。
多分同じ選択を迫られば、同じ事をするだろう今の自分。





最後に阿含に出会った時。
多分あれがチャンスだった。阿含が「戻って来い」と示した、最後の最後の、最後のチャンス。
あの時、あいつの手を取れば。
あの時、あいつを選んでいれば。
あの時、あいつの願いを叶えれば。

こんな未来は無かったはずだ。

3人で神龍寺の門をくぐり。
クリスマスボウルへの道は容易く。
困難も苦悩も泥門でのそれにくらべればわずかな労力で、きっと楽しくやれただろう。



武蔵を捨てる、と、決断すれば。



迷いも無く、自分は狭い道を選んだ。
栗田も捨てた。阿含も捨てた。俺は選んだ。



武蔵を選んだ。



徹底的に歪む阿含も。呆然とただ立ちすくむ栗田も。
わかった上で武蔵を選んだ。





武蔵が、好きだ。













冷えて来た駐車場の片隅でヒル魔は空を見上げた。

酷い事をしている自覚。
酷い選択をした自分。
許されなくても構わない。
自分の選んだエゴの道。

ただ、武蔵がそばにいればいい。





多分、自分はくり返す。同じ事。同じ状況。同じ選択を迫られるのなら。
何度でも、いくらでも、必要な物を手放すだろう。

きっと自分は武蔵を選ぶ。



胸が重い。息が苦い。これは代償。
武蔵を好きになった、代償。

重ければ重い程、伏せた顔に笑みが広がる。
苦ければ苦い程、それは陶酔の甘さに変わる。





武蔵を選んだ、高くつく代償。
何物にも変えがたい、苦く、重い、甘い代償。













やまだ