暴かれた真光日本語版
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2004年11月18日(木) SAPIOの記事より

325 SAPIOの記事より(1) 2004/03/19 21:46

SAPIO 92.2.27 P66-68
新シリーズ21世紀への「幸福」を考える――われらにとって「宗教」とは何か
第4回 S教M光――超能力願望時代「手かざし」に80万信者は何を求めているのか
溝口 敦 (撮影/坂本孝一)
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「超能力」「霊感」「テレパシー」……非科学的な超常現象に対する興味が、技術の日進月歩を日常のなかで体験しているはずの若者の心をとらえているという。最近、街中や駅頭で若い人が誰となく声をかけ、相手の頭の上に手をあてている光景を見かけたことはないだろうか。「手かざし」といい、いくつかの教団が行っている、浄霊の手法である。終戦後に急成長した新興教団によって広まってきたものだ。
 この背景にあるものは何なのか。岐阜高山の山中に巨大で華麗な総本山を建立したS教M光の活動から、現代若者の超能力願望に迫ってみた。
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■手かざしの奇跡とは
 S教M光では、人の眉間の奥10cmほどのところに魂があるとする。それに向かって手かざしは行われる。
 つまり施光者は相手(受光者)と向き合い、額から30cmほど離して片手をかざす。こうすると、アンテナを張ったように神の光が施光者の手にいったん集光され、それがレンズを通る光のように受光者の魂、松果体のあたりに集中して照射される。このM光により魂は浄められるというのだ。
 しかもこの手かざしは朝10時〜夕6時ごろまで、3日間の初級研修会を受けるだけで10歳以上の誰にでも出来、かつ許される。3日目、3時ごろ講義は終わり、御み霊(おみたま)という円形のペンダントを首にかけるよう渡される。
 御み霊はいわばBSアンテナである。これをかけることで神との間に「霊波線」がつながれ、神の光と力は飛躍的に受けやすくなる。教え主(岡D恵S師)によってだけ調整されるもので、組み手(陽光子)と呼ばれる信者は月々
「霊線保持お礼」を教団に納める。
 最近、大きな駅の周りで「あなたの健康と幸せのために」と声をかけてくる若者たちの姿をよく見かける。立ち止まれば、頭をうつむかせて手かざしを行い、布教する仕掛けである。
 手かざしを行う教団は数多い。とりわけO本教の「み手代」、世界Q世教の「浄霊」、世界M光文明教団(S教M光は初代没後、ここから分裂した)の「M光の業」など、O本−Q世教系から派生した教団では好んで行われている。
 手かざしの威力は強烈とされる。
 たとえば�螢◆�○コーヒー若B悟副社長(44歳)はここ9年来の信者だが、入信のきっかけは手かざしだった。
「得意先に組み手(信者)の方がおられて、肩の後ろから手かざししてもらった。そのとき手が離れてるんですけど、非常に重く感じて不思議だな、と思いましたね。だいたい中学生のときクリスチャンになり、大学では聖歌隊にいたような人間なんですけど、この体験で入信しました」
 手かざしを受けた者は、ときに上半身を前後に揺すったり、ひっくり返ったり、蛇のように体をくねらせて床を這いずり回ったりするらしい(よって危険なため、S教M光は街頭では手かざしをしていないという)。
 教団の教えによれば、憑依といって、人間や動物には、死んだ人間の魂や動物(蛇や狐、犬や猫など)の霊が取りついている。手かざしにより憑依霊が苦しくなって浮きだし(浮霊)、受光者の意思に関係なく体が憑依霊特有の動き方をする(霊動)。このとき施光者は霊動を見て人、動物、自然のうち、どの霊であるか見当をつけた上、質問する。と、憑依霊は受光者の口を借りて、どういう理由で、いつごろ憑いたかといったことを話したり書いたりするから、理由などが判明する(霊査)。
 施光者は頃合いを見て「おしずまりー」と唱えながら、両手を受光者の頭上から肩の辺にかけて八の字状に振り下ろす。鎮魂のわざであり、これで手かざしは終わる。


326 SAPIOの記事より(2) 2004/03/19 21:48

 この手かざしについて、教団の岩I浩次広報部長がいう。
 「いつでもどこでも何にでも手かざし出来るのが当教団の魅力でしょうね。奇跡を自分で理屈抜きで体験できるんです。たとえば校内暴力に悩む岡山県のある先生は、朝30分早く家を出て、教室を手かざしで浄化して校内暴力をなくしました。この先生は文部省から表彰されましたけど、こういう例がたくさんあるんですよ」
 また入信歴12年、都内の市街地再開発組合の事務局長をしている蔵T昭さんは実際にオフィスで仕事を始める前、机に手かざしするという。
「こうすると、文章がすらすら書けるし、誤字もなくなるんです」
 こうしたことが事実とすれば、手かざしはまさしく「超能力」にちがいない。しかも効き目の強弱はあっても、基本はわずか3日の研修で習得できる。忍術の習得を夢見た少年の心を持ちつづける者にとっては、なるほど魅力になりそうである。
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■「不思議さ」を残しておきたい心理
 S教M光の中心的な信者層は40〜50代で50%を占めるが、やはり若い10〜30代の世代も40%と多い(60代以上が10%、全世代では女性が65%を占める)。
 立命館大学の安斎育郎教授は広く「超能力」を科学していることで知られている。
 なにしろ東大奇術愛好会の第3代会長だったとかで、みずから手品を駆使して念力、透視術、テレパシー、心霊術などを「自然科学概論」の授業で実演、学生たちの度肝を抜いた後、おもむろにタネも仕掛けも明かして、科学する心を教えていく。
 そういう実践教育を身をもってする安斎教授が、近ごろ若者超能力好み事情について証言する。
「授業を始める前、学生たちに超能力をどのくらい信じるか、その傾き具合を問うアンケートを取っています。学生により回答はいろいろですけど、8〜9回授業をやった後、今は信じているかと、またアンケートを取ると、例えば初回は90%信じると答えた者が10%になっていたり、40%と答えた者が0.1%になったり、それぞれに低下しています。だけども0%も信じない、という学生はほとんどいないんですね。心のどこかに不思議なことを残しておきたい、かえって真実を知ってがっかりした、といった意識が潜んでいるようなんです」
 安斎教授なら、手かざしをどう見るのだろうか。前記した通り、施光者が手をかざすと、はなはだしい場合には受光者が床を這いずり回る――ここにタネや仕掛けを見つけ出すことは、かなり難しそうである。
 「手かざしをすると、相手がそれらしい反応を見せる。自分ではよく分からないけれど、どうも気を出せるようになったらしいって人たちが実際には多い。
 群馬大学にこの手かざしや気功で治ったという患者さんを綿密に調べているM教授、T教授がいるんですけど、おふたりの研究だと、80項目にわたって患者の体を調べたが、有意の変化は何も見いだせなかったというんです。たとえば手かざしに鎮痛効果があるのなら、脳内にエンドルフィンが増えていなければならないはずですけど、その濃度が増えていない。といったことからすると、昔から病は気からといいますけど、それと同じで、手かざしに反応するというのは催眠誘導的なものと思いますよ。なんでもかんでも超能力と呼ぶことで、合理的な理由を解明しようとすることを放棄せず、肝心なのはなぜだ、と追求する気持ちだと私は思いますけどね」


327 SAPIOの記事より(3) 2004/03/19 21:49

■なぜ非科学的なものに惹かれるのか――手かざしの信仰は、不思議に直面して不思議に埋没していく人間の弱さなのか
 中国に気功法がある。気功は自分自身の養生功である内功と、他人の病気を治す外功に分かれ、外功となると、厳しい鍛錬を積んだごく少数の人間にしか出来ないという。
 気功師の手から発する外気は中医(中国医学)として実際に治療に用いられ、その効果や発する物質が何なのか、国家レベルの研究が行われている。安斎教授の話を続けよう。
「しかし、この研究も比較対象群を置かないとか、客観的に認定できるようなものではないようです。
 またアメリカなどでは、手からサイキックエネルギーやらオーラが出る、それを写せるキルリアンカメラとかいうのもあって、実際に売られています。これは1939年ロシア人のキルリアンにより考案されたもので、写すものに電場をかけておき、それを乾板の上に載せる。と、写すものが手なら手で、そこからまるで光が発しているように写るんですね。手ばかりでなく、コインとか石とか無生物から発しているのも撮れる。
 スタンフォード大学などの研究調査では、この光状の正体は水分である、湿り気検出法としては最適の機材だと冷やかしていますよ」
 洋の東西を問わず昔から手かざしは行われてきた。その効果のほどはきわめて不確かである。だが、仮に効果があったとして、誰にでも出来るものなら、ことごとしく宗教である必要はなさそうに思える。それこそ「新しいカ」として科学の対象になるものでないのか。
 だが、現実は逆に働いている。S教M光ではこの手かざしをきっかけに入信する者が引きもきらない。
「どこか体が悪い、手かざしで治してほしいと親や信者に連れて来られる人。それと悩みもない、お金もない、だけど人さまを救いたいという人、そういう方が多いですね」(前出、岩I部長)
 教団の信者は公称80万人、うち海外が10万人という。岐阜県高山の壮麗な<世界総本山>を中心に、国内は東京、大阪などに9指導部、各都道府県に主幹道場を置き、大・中・小・準の各道場、その下にお浄めどころ、連絡所とネットワークしている。
 海外はパリなどに6指導部を置き、70か国、80民族に広がっているという。
 不思議に直面して、不思議に埋没していく人たちは多いのである。
 だが、手かざしという<奇跡>で触発された信仰心にしろ、多くの信者たちは真面目な意見の持ち主であり、それぞれに堅実な生活を送っているようである。
 たとえば入信歴16年、ソフトウェア会社の海外事業部長・畠○清さんに、入信の前と後とでは、生き方や物の見方が変わったかと聞くと、こう答える。
「仕事柄、海外出張が多いんです。イスラム、東南アジアを中心に20か国以上回りましたが、入信してから、人類とか地球とか強く意識するようになりました。人間は肌の色や言葉が違っても、すべて同じだなという思いがして、よりオープンに人と話せるようになりましたし、日本人が持っている感情を表す言葉は、どこの国の人でも全部持っている、そんなことも気づかされましたね」
 信仰が生き方や物の見方を方向づけていく。それが蛇の霊やらご先祖の霊障やら、動物愛護の精神にももとる要因に発しているにせよ、人は何事かを思い込まないと生きられないのかも知れない。
写真: この総本山から組み手(信者)は人類救済のためM光の業(手かざし)を全世界に発信する。
【解説】安斎育郎氏は心霊関係の著書が何冊かある。
 『霊はあるか―科学の視点から』講談社ブルーバックス
 『科学と非科学の間』ちくま文庫、など



(※日記作者 誤字修正)


日記作者