言の葉孝

2010年12月06日(月) 想の十戒

 2日の日記で触れた「ヴァン・ダインの二十則」に対して「想の十戒」というものを考えてみて欲しいと楽助さんからリクエストがあったので、考えてみました。
 ミステリーではなく、面白い小説を書くために守りたいことです。

 それは以下の10項目です。

�ー膺邑�は読者が共感できるキャラクターでなければならない。

�∈鄰罎任鰐棲里北簑蠶鶺�がされていなければならない。

��作中で提起された問題はその作中で全て答えを出さなければならない。

�ず鄰罎寮瀋蠹�は必要なタイミングで必要な量だけ公開しなければならない。

�イ�っかけなく状況を変化させてはならない。

��作品には新鮮な情報が含まれていなければならない。

��背景の描写を疎かにしてはならない。

�┷て颪函△修譴紡个垢覯魴荳�は具体的に描かれるべきである。

��キャラクターは言動の裏まで設定しているべきである。

��読者を魅せる演出がされているべきである。


 では、それぞれの項目について細かく解説してまいります。

�ー膺邑�は読者が共感できるキャラクターでなければならない。

 主人公は、読者が最も感情移入しやすいキャラクターであり、そのキャラクターが倫理に反する考えや、いたずらに鬱々とした考えを持つキャラクターでは主人公のこれから起こす行動や言動に期待が持てない、つまり、続きを読む気が失せてしまいます。


�∈鄰罎任鰐棲里北簑蠶鶺�がされていなければならない。

 問題提起というものはその作品の存在意義を定義するものです。
 「この物語は何をする物語なのか」は作中で明確に定義されていなければなりません。
 絵本の桃太郎を例にとると、「鬼が島の鬼が暴れて困っている」という問題提起があり、そのことにより自動的に物語の目的が「鬼を倒すこと」となり、桃太郎という物語は「桃太郎が鬼が島の鬼を退治する物語」という定義づけがされます。


��作中で提起された問題はその作中で全て答えを出さなければならない。

 これは僕の好みでもあるのですが、僕は読後、作中で提起された問題に対して出された解決によって、得られるカタルシス、本を読んでいくにつれて心に溜まったわだかまりが完全に拭い取られたスッキリ感は非常に重要だと思っています。
 だから、提起した問題を放ったらかしで物語が終わることは断じてあってはならないと思います。

 やはり桃太郎を例にとって極端な話をすると、鬼を倒しに家を出たはずの桃太郎が、途中の村であった娘と恋に落ちて、嬉し恥ずかしラブストーリーを展開した挙句ケッコンして物語を終わらせる、とかですね。
 

�ず鄰罎寮瀋蠹�は必要なタイミングで必要な量だけ公開しなければならない。

 よくダメな作品(とくにファンタジー)の典型的な例として挙げられるのが、「設定の一気語り」です。
 何も知らない読者が、設定だけ読んでも疲れる上に頭に入らない。いざ、その設定を使う部分に来ても思い出せないというのがオチなのです。

 設定は小出しで構いません。きちんと物語に沿って必要な分を公開していれば、意外とするりと読者の頭に入るものだと僕は考えています。
 だから、設定は別の紙にまとめておきつつ(設定の筋を通すためにこれは必要)、その設定が必要になったとき、初めて公開しなければなりません。


�イ�っかけなく状況を変化させてはならない。

 物語は進むと状況が変化していくのは当然ですが、何の前触れもなくいきなり変化してはいけないと思います。
 例えば絶対に素顔を見せないマスクのプロレスラーがいて、なんの状況の変化も前触れもなく、いきなり横断歩道の真ん中でマスクを脱いだら、読者は驚きはするでしょうが、混乱して話の展開についていけなくなります。

 事故死や、心不全などによる病死などならば、何の前触れもなく起こりうる変化ですが、なるべくならしないほうがいいです。

 動機にも注意を払わなければなりません。
 意外と見落とされやすい、というか僕が苦労しているのが、物語中に設定された問題に対して、主人公がなぜ解決に動こうとしているかということ。
 FF12のヴァンなどが悪い例の典型で、成り行き以外に主人公としてその物語に関わっている理由がないのは、�,亮膺邑�への共感の問題も関わってきます。


��作品には新鮮な情報が含まれていなければならない。

 読者が作品に求めるのは、その作品のオリジナリティです。例えば設定のアイデア、例えばキャラクターの造詣、主義主張、マイナーであまり知られていない事実等、何でも構いません。
 ダン・ブラウンの『ダヴィンチ・コード』は実のところ展開ではさほど目新しいものはありません。ただ、ストーリーの芯に入っている美術品の薀蓄は他に例を見ないものであり、とても新鮮でした。(意外と嘘も多いようですが)
 そういった新しさを与えられる作品は面白くなりやすいと思います。


��背景の描写を疎かにしてはならない。

 読者はただ文字を追っているわけではありません。本の中のキャラクターがその場をどのように感じているかを想像しながら読んでいます。
 特に現代日本以外を舞台とする作品では、その時代や舞台の雰囲気というものも作品の魅力に大きく関わっています。

 これを疎かにすると、読者がいまはいつで、各キャラクターがどこにいるのか分からなくなるなどストーリーの展開に追いつけなくなるということも起こり得ますので、5W1Hなどの情報は書くようにしましょう。日本語の場合は主語が抜けても文章として成立してしまうところがあるので特に注意が必要です。

 ストーリー的には必要がなくても、熱いのか、寒いのか、明るいのか、暗いのか、どんな音が鳴っているのか、その想像の手助けとなる表現はしておくべきだと思います。

 また、問題提起の部分にも関わりますが、その問題が引き起こす影響なども描写される背景の中に取り込まれていると尚いいと思います。

 ただ、背景の描写はあくまでも読者の想像力を助ける補助的なもの。あまりに凝り過ぎ、書き込みすぎては物語の筋を見失いかねないので注意が必要です。


�┷て颪函△修譴紡个垢覯魴荳�は具体的に描かれるべきである。

 物語を面白くするのは、困難に対してどう立ち向かうか、という部分です。 
 それは深刻な悩みであったり、密室殺人の謎であったり、あるいは強大な敵かも知れません。
 これらの壁を乗り越えるのが物語の醍醐味である以上、この壁を乗り越えるのがなぜ困難なのか、どう困難なのか? は、実感をこめて描写しておかなければなりません。

 戦闘に関していいますと、強いとだけ表現されている敵に対して、ただ修行を積んでそれ以上の強さを得て乗り越えるだけなんて、全く面白くない展開であるわけです。
 なぜ強いのか、どう強いのか。その強さに対してどう対策を立てるのか。修行するにしても、どう修行して、どう効果が現れたために倒せたのか、という論理的かつ具体的な説明が要るのです。

 困難はイコール提起された問題であるため、この項目はその作品の一番の見せ所となりますので、ここは特に注意すべきところでしょう。


��キャラクターは言動の裏まで設定しているべきである。

 キャラクターの立たせ方は物語を書く人には一番苦労する点の一つです。そこで安易に使われがちなのが、「瞳や髪の色」「語尾や口調」です。
 それらを使うのは悪くないと思います。しかし、キャラクターはその言動の裏まで設定しているべきだと考えます。そうすれば読者のキャラクターへの感情移入も行われやすくなりますし、物語としても演出のネタにできたりします。

 例えば、先日話題に出した「ボクっ娘」。ライトノベルではよく出されますが、なぜそんな一人称を使っているのかという理由が語られることはあまりありません。
 たとえば、女性であることに反発を感じているなどの理由があると、一人称を「ボク」から「わたし」に変化させることで心の葛藤をクリアできたという証明の演出が可能になります。

 基本的にストーリーは複数のキャラクターがそれぞれもっている物語を一本に繋げてできるものなので、��がよくできている作品は名作である確率が高いです。


��読者を魅せる演出がされているべきである。

 起こったことを淡々と描いているだけでは小説とはいえません。面白い作品は心動かす演出によって読者をどんどん作品の中の世界へ引き込んでいきます。
 
 この演出は現実では“できすぎ”と思われるシチュエーションがほとんどですが、物語というものは多少読者の憧れを具現化したような存在なので、そのようなシチュエーションも許容されるものと僕は考えております。
 人物が登場するタイミング、台詞の掛け合い、状況描写など、物語の展開と一緒に読者の気持ちを盛り上げる演出はエンターテイメントを目的とする作品ならば意識して然るべきなのです。

 ただ、あまりに盛り上げようとしすぎてかえって白々しくなってしまっている例も少なくないのでやりすぎるべきではありません。


 以上、10項目でした。自分も守れているとは思えませんが、この10項目が守れていれば、面白くなりやすい。そう考えて、僕は小説を書いています。

 < 過去  INDEX  未来 >


想 詩拓 [MAIL] [HOMEPAGE]
web拍手です。あなたの一言感想が想 詩拓を失神させます。→ web拍手レス