言の葉孝

2005年07月25日(月) 3『線路上の騒乱』前編の日

 今日は大して書くネタがなかったので、書きかけの“まほゆめ”新章を、キリのいいところまで挙げておきます。




   3『線路上の騒乱』



 騒乱を乗せた列車はそれでも走る。
 中に乗せたものは何であろうと列車は運ぶ。

 人も、物も、
 好意も、悪意も、
 そして夢でさえも。

 全てを内に抱いて列車は走る。



 コーダが去り、ジェシカが階下に消えた後、リクとカーエスはフィラレスを後ろに庇って構えた。
 再び大蜂達が一斉に光弾を吐き出すが、カーエスの《試みの魔関》に阻まれて、呆気無く消散する。今のはわざわざ魔法をつかって防がなくても、避けられたが、列車を守るために、敵の攻撃は極力消散させなければならない。
 今度はリクが反撃に移った。
「我は放たん、連なりて射られしものを炎に包む《火炎の連弩》を!」
 胸に構えた両手に炎が弓矢を象り、リクはそれを引き絞って放つ。すると、六本もの矢が立て続けに、大蜂の群れの中に飛び込んで行った。
 だが、大蜂達はそれを事も無げに避け、自分達の腹部の先をリク達に向ける。
「何だァ……?」
 怪訝そうに細められたリク達の目が、そこから何かが迫り出してくるのを捉えた。そして次の瞬間、彼等はその腹部の先から五寸釘大の針をいくつも連射してくる。
 リク達はそれをかわし、針は屋上デッキの床に刺さったが、それを成していた合金製の板が一瞬にして腐食させてしまったのを見て、カーエスは顔を引きつらせた。
「……蜂ごときが持つ毒やないなァ、擦るどころか触れるだけでアウトや」
「ああ、それに見た目以上に厄介だ」
 リクが頷いて、やや苦い面持ちで大蜂達を見上げる。

 先ほど、リクは《火炎の連弩》で攻撃を仕掛けたが、あの手応えを見る限り、どうも当たる気がしない。後ろ向きに魔導列車と同じ速度で飛べるほどの飛行能力を持った蜂だ。飛んでくる矢を避けることなど造作もないのだろう。
 近付いて攻撃したいが、ここは列車の上だ。列車のまわりには防風障壁が張られており、風の抵抗を感じることはないが、やはり不安定であるし、狭くはないが、走り回るには決して十分でない屋上デッキ一つ分のスペースしかないのである。

「アイツの動きを止めるか、いや……誘き寄せた方がええか」
 リクの言葉を受けて、なにやら思案していたカーエスだったが、やがて何か思い付いたらしく、それを実行に移すべく呪文を唱える。
「知なき者よ、集え。《誘いの灯》の光の元へ」
 呪文の詠唱と共に差し伸べた手の先に、淡い光を放つ魔力の玉が現れた。すると、その光に引き寄せられるように、大蜂達がふらふらと近寄ってくる。
 リクはそれが十分に寄って来るのを待ち構えていたが、どうやら、引き寄せられている間も攻撃本能は消えないらしく、口の辺りにエネルギー光が凝縮していくのが見えた。カーエスもそれを見つけたらしく、《誘いの灯火》を解除して、障壁を張る。
「弱き魔は、この関を通ること能わず、《試みの魔関》!」
 攻撃はそれで防げたものの、《誘いの灯火》から解き放たれた大蜂達は再び遠距離へと退散して行く。
「させるかッ!」離れて行く大蜂達に対し、リクは一歩進みでると、手を伸ばして呪文を唱えた。「我は召し捕らえん、向かいし全てを絡めて逃さぬ《水流の投網》にて!」
 蜂に向けて広げられた手から、網の形状をした水しぶきが飛び、四匹の大蜂の内、一匹を捕らえる。
「風の中を走れ、疾く鋭く! 《かまいたち》」
 《水流の投網》に絡めとられ、身動きが出来ない大蜂に、カーエスが生み出した風の刃が飛び、大蜂は呆気無く真っ二つに裂かれて墜ちる。

「よっしゃ、先ず一匹っ!」と、仕留めたカーエスが小さく拳を振る。
 今回はたった一匹しか減らせなかったが、この一匹は大きい。三匹に減ることによって、こちらの負担も大きく減るし、何より同じパターンを繰り返せば、程なく敵は全滅するだろう。
「ん?」
 喜ぶのも束の間、リクは大蜂達の様子が変わったことに気が付いた。蜂の中の一匹が白く発光したかと思うと、その光がゆっくりと分裂していく。そしてその光が収まった時、大蜂達は元の四匹に戻っていた。
「冗談じゃねぇぞ。あれだけ攻撃を当てにくいのを四匹まとめて片づけろってのかよ」
「それかコーダが何とかしてくれるまで、粘るかやな」
 二人は、頷きあって改めて身構える。
「フィリーは中に入っていろ。ここじゃ“滅びの魔力”は使え……あれ?」
 リクが後ろに守っていたつもりだったフィラレスを振り返るが、そこに彼女の姿がなかった。一通り見回しても、彼女の姿は見つからなかった。
「一人で中に入ったんかな?」
「それはフィリーらしくないような気もするんだが……ま、いい」
 どのみち、ここからは去らせるつもりだったのだから、ここにいなければそれでいい、とリクとカーエスは気を取り直し、上空で体勢を取り戻しつつある大蜂を睨み付けた。が、その瞬間、二人は揃って目を丸くした。
 彼等の視界の中で、四匹の大蜂は光の奔流に飲み込まれたのだ。いかに回避能力の高い大蜂でもそれだけ圧倒的な魔力の前に晒されれば避けようがなかったらしい。

 リクとカーエスは思わず顔を見合わせて、大蜂を滅ぼした光の発生源を辿ってみる。隣の車両の屋上に一人立って横笛を演奏しているのは、やはりフィラレスだった。先ほどいないと思ったのは車内を経由して隣に移動していたからだったのだ。やはり至近距離に仲間がいる状況で、“滅びの魔力”を発動させるのは危険と判断したのだろう。
 列車の走行音に邪魔されて笛の音は聞こえないが、彼女は目を瞑り、冷静に演奏を続けていた。敵を滅ぼした後もゆらゆらと空中を彷徨う“滅びの魔力”を己の身体の中に集束させていき、以前見た時より格段に速やかにそれを完了する。
 フィラレスはゆっくり目を開き、横笛から小さな唇を離すと、隣の車両から呆然と自分を見ているリクとカーエスに目を向け、どことなく満足そうな表情で手を小さく振ってみせた。




web拍手レス(これでやっと三分の一というところ)

 今日はコメント無し。

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