言の葉孝

2005年04月26日(火) 『アリソン』シリーズ読了の日

 帰ってくる前から読むのを一番楽しみにしていた作品でした。去年、僕がカナダに旅立つ前に上巻が出てて『出だしで驚いた』っていうレビューが非常に気になってたんですけど、いつかいった通り、続きが気になるだけなので上巻だけ読むなんてことはしなかったんですよ。
 で、帰ってきてから、『アリソン』シリーズ(電撃文庫・作:時雨沢恵一・画:黒星紅白)全三部一気読みです。

 評判通り、冒頭で非常に驚きましたが、読み終えると一安心しました。
 『アリソン』は『キノの旅』と非常に似た印象があったのですが、良く読んでみると使われている技術が同じなだけで、物語の種類も質も全く違いますね。
 『キノの旅』は非常に思慮深い感じで舞台が次々と移り変わって行き、時系列に読まなくても全く問題はないのですが(それでも全部読んでいると短編同士のリンクが見えて非常に楽しめるのですが)、『アリソン』の舞台はロクシェとスー・ベー・イルという二つの国の関係が大きく移り変わっていく時代に固定されています。その分世界観が非常に緻密なものです。
 主役の二人も飄々とした『キノの旅』の一人と一台とは全く違って快活そのものですし、恋愛なんていう要素も出てきますし。無茶をしようとするアリソン嬢とそれを諌めようとするヴィル君、それでも深いところでは分かりあっている二人の関係が多分『アリソン』シリーズの一番の魅力だったと思います。

 『アリソン』でもう一つ特徴があるのが伏線です。第一巻ではそうでもありませんでしたが、二、三巻では非常に分かりやすい(悪くいえばベタな)伏線の使用の仕方をしています。例えば二巻でフィオナ嬢がベネディクト氏に真実を打ち明けるシーン、三巻(下)でヴィル君がベネディクト氏にこれから自分がすることに対して相談するシーンなどですね。他にも細々と伏線が張ってあり、それらの殆どは最後まで明かされることはありません。全く違う雰囲気なんですけど、そのへんの伏線の使い方ってミステリーっぽいなぁ、と思いました。
 ただ、三巻の物語に隠された秘密はやや複雑で前二巻と同じ感覚で読んでいると展開に置いて行かれてしまいます。実は僕も完全には理解していないので、理解した部分を頭にいれてもう一度読みかえしてみます。

 次に作者の時雨沢恵一氏について。
 『キノの旅』からずっとこの作家さんは好きなんですけど、この時雨沢恵一氏は作家として非常に独自なものを持っている人だと思います。特に台詞回しと文体ですね。
 最近気付いたことなのですが、この人の文体は完全な“神の視点”で書いています。つまり地の分でキャラクターの心情や、思考を直接語ることが全くないんです。僕は、大抵の作家さんと同じ“キャラ視点三人称”で、そのシーンの主人公の視点で地の文で直接そのキャラクターの心理描写を行います。それは、“神の視点”では心理描写に限界があるからなのですが、時雨沢作品の場合心理描写は地の文では間接的にしか行わず、直接の心理描写は台詞のみで行われています。それで十分理解できるのだから大したものだと思います。
 ただ、そこで難点となってくるのは時々台詞がとても長くなってしまうことです。決してしてはいけない、ということはないのですが、カギカッコの中では改行をしにくいので、台詞が長いと文章が7行、8行と長くなってしまって読み辛くなるので。この人の場合、状況描写も全部台詞のみで行っているので、たびたび説明口調の長台詞が出てきてしまいます。

 あと、時雨沢氏はあとがき(あとがきと読んでいいのかアレは)や作者近影&紹介文に見られる通り、非常にユーモアセンスに富んだ人なのですが、コメディ作家ではありません。故にキャラクター達は非常にユニークですが、ギャグキャラのように壊れてはいない、その一歩手前の絶妙なセンで性格設定がしてあるのは非常に見事だと思います。その絶妙なセンは僕がずっと苦労しながら、それでも目指しているものなんです。

 ……しかし最近の時雨沢氏のあとがきは頓に奇天烈さを増してきてますねー。もうすぐネタが切れそうで怖いんですけど。でも、全く僕も考えられないネタばかりなんで、そう心配することはないかもしれませんね。あのあとがきを見てるとこの人には一生勝てない気がしてたまりません(苦笑)。
 『アリソン』が終わったのは少々寂しいですが、同一世界の新シリーズも始まったからよしとしますか。

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