茶畑
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昨日の夜は最悪だった。泣いてしまった。
ダンナの勤め先の公益法人は財政が厳しく、リストラのようなこともやっているらしい。公益法人にもリストラがあるのか、と驚いたのだが。
そんな中、私が2月で会社を辞めてダンナの扶養家族になったことが勤め先の人事の人にあまり良く思われていないようなのだ。扶養というのは会社側にそれなりに負担がかかることであるらしく、働ける人間がなぜ扶養なんだ、扶養家族になっている割にダンナが弁当を持って行くわけでもなく、便利なところに住んでいて余裕があるじゃないか、と。子供ができたわけでもないのに会社を辞めてのんびりしていい身分だ、と。
確かに会社に行かなくなってからの私はのんびりしている。最近は家事すらサボりがちで、それは反省しなければならないだろう。
だが。
ダンナにも言ったが、2月までの私は相当な激務だったのだ。なぜ少しぐらいのんびりすることが許されないのか。ブツブツ文句を言っている会社の人の奥さんは私ほどきつい仕事をしていたというのか。そりゃうちは子供はいないけれど。それに今の町に住むことを決めたのはダンナなのだ。最初はうちの親のことも考えて、実家の近くで探していたというのに。
そもそも私は無職じゃない。 3月だって少しだけどフリーとして仕事をしていたし、本来なら5月から雑誌の仕事と書籍の仕事で忙しくなる予定だったのに、雑誌の仕事はなくなるし本の方も連絡が来ていない。それは私の責任ではない。雑誌の仕事の話がなければ私は4月から派遣で働いていたのだ。条件のいい仕事、最低でも月収25万は保証される仕事をしていたはずだったのだ。
しかし現実として仕事がなくなってしまったのだから仕方がない。親のことを考えると必要なので免許を取りに行っている。夏は久しぶりに山に行きたいから、秋ぐらいから働きたいと考えていたのだ。フリーはやっぱり私にはまだ厳しい、派遣でも正社員でもとにかく定収入のある仕事をしたい、と最近は思うようになっていたのだ。秋から働くという考え方がそもそも「いい身分」と言われればそれまでかもしれない。でも昨年までろくに夏休みも取れない生活をしてきて、今年ぐらい山に行きたいと思うことがそんなに悪いことなのだろうか。
ダンナにしてみれば、会社での立場もあるし、私の収入が減った分頑張らなきゃならないわけで、それなのに横で山に行くだの飲みに行くだのと言っている私が頭に来るのかもしれないが。
とにかく嫌な気分だ。ダンナが、子供を持たないことに関してちょっと否定的なことを言ったのもかなり神経に障った。子供については結婚前にさんざん話したではないか。私は一生子供が欲しくならないかもしれない、それでもいいか、と何度も言った。子供を持たないという選択肢は私の場合、決して軽いものではない。これからもずっと子供が欲しくないかどうかはわからないが、このことについては何年も何年も悩み続けているのだ。あまり触れて欲しくない部分なのだ。
結婚ってめんどくさい、と初めて思った。 ひとり暮らしをしているような人だったら秋から働くなどと悠長なことは言ってられないだろうから、やっぱり甘えているのだろうか。それに最近あまりにもだらけていたことは確かなので、そこは改めなければならないとは思ってる。それから、仕事のことももっと真剣に考えなければ、と。
それにしても、どうしても納得が行かない。 会社を辞めるとか、子供を持つとか持たないとか、どこに住むとか、そういう個人的なことに何故いちいち口を出されなければならないのか。なぜ私が悪いかのような言われ方をされなければならないのか。 悔しい。涙が出てくる。
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