末っ子は新学年から学校へ数日しか休まず登校している。
実はGW前後で後戻りしかかった時があって わたしはいよいよ壊れる寸前までいった。
それほどにショックだったのは 一番わかって欲しくて そうしてその為にわたしが必死でやってきた 約束の重さ と 大切さ が 末っ子に伝わっていなかったから。
伝わっていなかったというのとは ちょっと違うかもしれない。
要するにまだ諸々を甘くみていたし タカを括ってたということ。 わたし(おっかあ)に対しても。
彼は おっかあ が ここまでギリギリの崖っぷちにいるなんて 思いもしてなかった。
良くも悪くも おっかあ は しぶと過ぎた。 特に子供らの前では。
だから まだ大丈夫だと思ってたんだろう。
それは 末っ子に限らず、長男も次男も。
実際は おっかあは もうズタボロだった。 また この時期は小、中、高 とそれぞれの新学期。 提出物、手続き、申請・・・ それでなくても働かない頭は 馬鹿みたいに片端からメモしてもパニックを起こしてしまってて。
何より皮肉なことに 末っ子が休まず登校し始めたことで それまでの事情をよく把握していない 異動で一新された先生方の目には それが当たり前のことに映ったのだと思う。
実際にはそれ以前での試行錯誤やグルグル迷路をやっと抜けて まだまだ内側はむしろその分 張り詰めた緊張感と不安定だったのだけど。
だからこういう時に一番言って欲しくないこと 追い詰める言動を連発された。 これらは励ましの言葉だろうし強い口調で言われたわけでもない。
一番堪えたのは「弱気にならずにお母さん頑張ってください」 (弱気にならずに頑張る・・って・・・ 今までどれだけ色々な角度から子供にも働きかけ、 学校にも何度となく通い、話をしてきたと思ってるの? それでやっとここまできて、挙句にまだ こんなこと言われなきゃならないの?)
確かに新学年立ち上げのこの時期、 クラス一人一人の子供の事情まで 全部頭に入れていてという方が無理だし、酷。 こちらもそんなこと望んじゃいない。 ただ 最低限の押さえておくべき事情は 知っていて欲しかった。
何の為に前学年の終わりに学校へ出向き 事情説明の手紙を渡し どもりながらも何度目かのカサブタを剥がして 心の傷痕と現状を話したのか・・・。 こんなふうに異動があった場合の引継ぎの為だったはずでしょう?
だのに手紙は読まれてなく、わたしの心身の病気についても ご存じなかった様子。
だからだろうな・・ 「”生活習慣の改善”の働きかけをしてください」 「朝食を少しでもどんなものでもいいから食べさせてきてください」 これも以前から散々何とかと努力してきたこと。
ただウチの場合、高校生の長男は自分の夢の為 進学を目指し 日々 早朝から試験前になると帰りは夜の10時とかはザラ。 遅い夕食の後、また机に向かってる。 土日祭日も模試や検定でつぶれることが多く、 身体を壊さないかと気が気じゃないくらい。 でも奨学金援助を受けているので 本人も成績が落ちないように必死だ。
よほど広いお屋敷に住んでいるのなら別だけど 我が家は一人一部屋やれる余裕なんてない。 夕食は8時まで待って帰らない時には 下二人に先に食べさせる。 でも夜10時過ぎとかに玄関チャイム鳴って帰宅して それから長男夕食・・なんてしてたら あっという間に時間は過ぎる。
ご近所迷惑になっても申し訳ない (というか階下?からの夜中のチャイムが鳴るのが 怖いというのが本心) のであまり遅くなると風呂も諦めさせる。
話が長くなった上に逸れたけど
この状況でわたし自身、心身の状態が良くなくて 自分のコントロールもままならない今 一人で あちらもこちらもするには限界がある。 こうして文章にしても伝わりにくいだろうけど (というか伝えきれない)
お会いした先生は前向きで明るく気さくな方だった。 他の新しい先生方も同様。 決して教師としていい加減などではなく、むしろ真摯に教育に 取り組んでおられると思う。
ただ こういうと大変申し訳ないけれども 修羅場をくぐってないんじゃないかな と感じられるような (あくまでわたしの印象に過ぎないけど) すーっと上辺を流れていくような。
それならそれでもいいけど、それならせめて わかったような顔しないで欲しかったのだ。
それで普通はいいんだろうし、今まで問題なかったんだろうし 当たり前なんだろうけど そんな そちら側のヒト・・センセイのコトバや態度も重なって ものすごく・・・一気に・・・わたしは落ちてしまった。
疲れ果てて もう 本当に 何もかも 嫌だ って 思った。
今だから告白するけど 実は末っ子と心中とかも頭をよぎった。 いやいや・・実行に移すことはまず無かったろうし 自分以外の命を道連れなんてことだけは信条に反するし 自分自身すら臆病が幸いして まず正気が1%でもあるうちは 生きることにしがみつく所存だが。
それでも 車に引き寄せられるようにふらりとして ハッと我にかえったり 夜のベランダで長いこと夜空をただぼんやりみていたり
思えば一番この時が危なかった。
Kにも随分と心配させてしまった。 死ぬ勇気などないけど苦しくて仕方ないから もういっそ殺して欲しいなどと膝を抱えた部屋の隅で 電話を握り締め搾り出すように啼いた。 またね ではなくて サヨナラ と電話を切ってしまい 心配を増幅させてみたり 悲鳴みたいな甘えをした。
トモダチにも同じくらい心配をかけてしまった。 でも その存在や見守ってくれたこと、受け止めてくれたこと
わたしはこういうひとたちによって生かされている と 支え繋ぎとめてくれている。改めて、ごめんね。ありがとう。
そしてGW それこそ 一世一代の思い切ったことを。 でも そこは所詮 イイコちゃんから抜け出せないから ちゃんと裏では手を回し、計画して。
結果 これが功をそうして さすがに末っ子は深く考えたようで そして変わった。 とはいえ まだちょっと油断すると 気が緩むようだけど。
あれから学校へは順調で先生からも安心して嬉しいです との 連絡帳へのお言葉をいただいた。
もちろん ありがとうございます と 当たり障りの無いお返事を書いておいた。
だけど すみません。 多分 この 対 学校、先生への心の垣根はもう消えない。 子供がこのままいってくれれば 必要最小限の接触しか したくない。
あの時 最後の糸が切れたんです。
距離をとらせてください。 もう 解放してください。
ガッコウ センセイ ごめんなさい。
ダメ母を正当化するつもりはないけど ダメ母でも生きている方がいいと思うから。
そうそう、パソコン やっと修理から帰ってきました。 立ち上げて一通り動作確認などはしたけど Windows 立ち上がったロゴ見た時には胸が熱くなったなぁ。
ソフト入れたり、ネット繋いだり、 仕事もう一度 立て直したりの完全(とはいかないまでも) 復帰と呼べるまでには まだ当分かかりそう。
でも ゆっくりいくしかないものね。
腰の調子がまたあまり良くないし、内臓の方も・・ 来月には肝臓と腎臓の検査があるし・・ 欝もねぇ・・・今 過食と睡眠障害とに悩まされてます。
それでもこうして生きてるからね。
あの日々からすれば。
ひとつ一息つくと次のひとつが入れ替わりに やってくるっていうのは 相変わらずにしても。
長男はさっきもう登校していった。
次男をもうすぐ出して それから 最後が 末っ子。
相変わらず 慌しい朝。
でもみんなを送り出して洗濯物だけ干したら 薬を飲んで少しでも横になろう。
週末まであと少し
倒れることだけはないように 頑張る。
ゆうなぎ
|