コミュニケーション。
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2018年09月27日(木)






やっと暑さもやわらぎ、赤子を外で歩かせることも多くなった。
まだ目的地とかの理解はないのでこっちは大変だが、
発達とか夜寝かせるとかのためには仕方ない。


彼女は歩くのが楽しくて、ひたすら先に行ってしまう。
危ないよと制止しても、理由がわからないので嫌がる。
だけど知らない道を歩くとき、段差を降りるときなどに、
私の手を求め、つないで歩くようになった。



あら?こんな小さなときに、手を求められことがあったかなと思う。
初めてかもしれない。
なんなら、この赤子と手をつなぐのも初めてだった。
多分、息子達のときはもっと頻繁に外に出ていて、
彼らがわけもわからないうちに、私がつないでいたのだ。

この赤子はもう自我があるので、いやなことはしないし、
手も、自分からつなぐ、ということになった。



息子は、もう完全に手をつながなくなった。
つないでと頼んでも無理(頼むなよ

ただ、もうつながないだろうなと思っていたところに、
不意につないでくれたことがあり、きっとこれが最後だろうと思って記憶に刻んだ日がある。
前にも書いたかもしれないが…


嬉しくて嬉しくて、本当はぎゅっと握りたかった。
でも、本人はきっと無意識に、当たり前につないでいたころの記憶が顔を出しただけだから、
気がつけば手を離してしまうかもしれないと思い、
できるだけゆるくつないで、
絶対絶対、このひとときと彼の手の感触を忘れるまい、と思った。


子育ては毎日が宝石だけれど、次の日には消えてしまう。
気がつけば10年が過ぎ、振り返れば光る思い出だけ。



自分の子どもと手をつなぐ、ということには人一倍の気持ちを抱いていたくせに、
長男と長女のときの、初めてつないだ日、のことは覚えていないし、
彼らの小さな手の感触も覚えていない。
娘はまだつないでくれるが、きっと遠くもない…。
せめてこの赤子の初めては、ひとつでも多く覚えていたい。
私は本当に、子どもに依存している。



赤子はまだ話さないし、単語もほとんど出ない。(ばぶばぶとか奇声は出す)
不安になる日もあるけれど、焦っても仕方ない。
自分の差別意識とかにうんざりすることもあるけれど、
そんなものはスルーしたり殺したりするしかない。

わかってはいる。
「パパ、もう行く?」と夫に声をかけただけで、ばいばいと手を振るし、
さっきも、おっぱいを噛んだので、
「痛いよぉーー」と泣き真似してみせたら、
「んまんま?んまま?」
と心配そうに繰り返していたので、多分、「ママ」のつもり。

兄姉が泣いていたらよしよしと頭を撫でに行くし、
「ことりは?」と聞いたらことりの絵を指す。
ただ、指さないことのほうが多い…。

兄姉よりも、「会話」が成立しない感じはある。
個人差があるので、大丈夫とも大丈夫じゃないともまだ判断はつかない、が、
少なくともわかっていることはあるのだ、と自分を安心させている。



雪絵 |MAILHOMEBLOG

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