コミュニケーション。
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気分が悪かったり調子が出ないのは、 先週末実家に泊まったときに、 また母の昔話を聴いていて夜更かしになったのが祟っていると思ったので、 昨日は子供達と一緒に早く寝た。 やっぱり、すぐ寝入ってしまった。 手芸計画はもちろん覚えているが、健康的な生活がいちばんだ。
夜中に夫が起こしてくれて、 「誕生日おめでとう」と言ってくれた。 毎年、日付が変わったときに言ってくれる。 本人が無頓着なのに、習慣をきちんとしてくれて、本当に嬉しい。 ありがとう、と言おうと思ったら、 いびき防止のテープを口に貼っていたので言えなくて、笑ってしまった。 今日の夕飯は外食に連れて行ってくれるそうだ。 今年の夫の誕生日プレゼントは忙しくてまだしていなかった(!)ので、 昨日ちょうど壊れてしまった髭剃りをプレゼントしようと思う。
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夫と息子が喧嘩になって、 夫の発言も悪かったけど息子の行動もかなり酷かったので、 どちらもフォローできずにひとりで悶々としていた。
息子は、自分の行動の非を認めつつ、 夫の発言も忘れられないようで、 (そこまで酷い発言ではないけど、積もり積もってるんだと思う) 謝りたくないと言う。
夫はそもそも怒って発言したわけではないので、 息子が自分の非を認めているなら、と怒りを解いていて、 息子にはいつもどおり接している。 ただ、前にもあったことなので、 私から謝れと言われて出た謝罪は認めない、とした。
私の悪いクセで、親子関係がどうかなったらどうしよう…などと考えすぎていたけど、 もう、当人同士、というか、息子のタイミングを待つしかないのだ、 とやっと思えるようになった。 夫のことも大きな子どもと思って接してきたけれど、 いつもどおりに接してくれていることは、本当に救いになった。 きっと大丈夫。大丈夫。
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そういえば去年の誕生日は死にたかったんだった。 本当に落ち込んだことは覚えているけれど、そのきっかけは覚えていない。 詳細を書いていないから、内容は些細で、 そこから落ち込んでしまったこと自体がきっかけみたいなものだったのだろう。
日記を読み返してみると、8月の喧嘩を相当ひきずっているので、 テンションもずっと低空飛行だったのだろうと思う。 当時は気づいていないけど。
日付が変わってからのお祝いの言葉は、 毎年欠かさずにしてくれていると思えているから、去年もしてくれたはずで、 書いたような気もしていたのに書いていない。 書く前に落ち込んでしまったのだろう。
そういえば、3人目の赤子がきてくれてから、 多少の浮き沈みはあれど、未来しか見ていない気もする。 強制的にそうならざるを得ない。 それが辛かった時期が長かったけど、受け入れられてから、 時間間隔がまともになってきた気がする。
今日は、足だかおしりだかがぐぐっと、肌の上からでも感じられた。 初めて、とは思わないので、 上2人のときも感じていたのだろうとは思うが、 当たり前のように享受していたことが信じられない。
毎朝、初めての胎動を感じると、ほっとしている。 何かに集中して忘れていて、次の胎動があると、力が抜ける。 それが続いている毎日だから、自分の誕生日も、特別感がないのかもしれない。
お腹で育てたとかお腹を痛めたとかいうけれど、 勝手に育ってくれて、勝手に生まれてきてくれるのだ。 私たちは仕込みはしたかもしれないけど、その意識もなく、 今だって何もしていない。 せいぜいからだの一部を貸し出している、くらいの感覚だ。 それである日突然いなくなったって、何も不思議じゃない。 生まれてきてからは私たちが守るわけだから、 それまでは祈るしかないのだなぁ。
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