年賀状について。 - 2023年01月06日(金) 年賀状って、色々とめんどくさいですよねぇ…。 宛名書きがとか、そういう物理的なことはさておき、位置付けというか意味合い というか。 なんかもっとこう、シンプルに年始の挨拶として受け取ってもらえないもんか なあと思っちゃうわけです。 出そうかどうかと迷うのは、 �〜喘罎呂�きをもらった場合 ��年賀状仕舞いのお知らせをされた場合 ��「こっちが出した年賀状見て、返事書いてんな」と明らかに分かる場合 �,六笋両豺隋∩蠎蠅�本当に近しい関係性の場合であれば 「喪中はがき、もらったけど出さない方がいいかな?」 と確認してます。 そうすると、たいていの場合 「一応儀礼として出したけれど、人からの年賀状は欲しいから出して」 と答える人が大多数です。 近しいから、というのもありますけどね。 なので、相手が喪中であっても年賀状を出す。 でも年賀状のみのやり取りの人だと、もう何も聞かずに当該の年は出さない。 �△蓮∈�のところまだもらったことはないんです。 が、世代もあって夫の実家にはそう書かれたものが来ていました。 ��に関しては、ここ数年どうしたもんかとずっと思いながらも出してた。 が、今年出すのを止めてみたら、相手からも来なかったので、届いた年賀状 の数がグッと減りました。 まずもって思うのは、�,鉢△蓮△△�まで自分からは出しませんよ、という 意思表示なだけであって、こちらから出すなという意味合いではないと私は 思うのですが、でも「察して」という言葉もネット上では見かけます。 いや知らんがな。 どないせえっちゅーねん、と思う。 基本的に私は察するのが苦手であるし、ましてやその「察し」が正しいか どうかなんて、分からんではないですか。 それぞれの、各ご家庭全てを察しまくっていたら、年賀状なんて出せようも ないのでは? おめでたい挨拶なんて、相手を察していたらできないことなのでは? ��にいたっては、ハッキリ言ってやり口が傲慢だとさえ思う。 「ずいぶん傲慢なことするね?」 と思っています。 相手がくれたら、出す。 くれなかったら、出さない。 本来、自分で決めるべきことを相手に委ねるスタイルは傲慢だと思います。 出す出さないは、自分で決めることでは。 私は、相手の近況が知りたいし、自分の現状もお知らせしたい。 もう私の年齢では久しく聞いてないけれど(笑)結婚したら知らせてほしいし、 赤ちゃんが生まれたらぜひ教えてほしいとも思う。 欲を言えば、引っ越したらそのお知らせもしてくれよ!と思う。 それをしてこない人は 「あ、自分はもう関係を切られたんだな」 と思って、深追いはしないことにしています。 去るものは追いません。 来るものは、拒むこともある。(拒んでることに気付かれない程度に) ***** そんなことを考えながら年賀状を出したり出さなかったりしていたら、今年の 年賀状は20枚も余ってしまった。 来年は注文数をグッと減らそうと思います。 返信でしか来なかった人には、もう出さない。 我が家からの年賀状は不要だったんだな、と察することにします。 そんな中、相手の事情おかまいなしに送り続けている年賀状が一枚あります。 それは、カナダにいた時に働いていたお店の住所に、もうかれこれ20年 毎年送り続けているのです。 でもそれもそろそろ止めようか、と思っていた矢先、なんと去年初めて 返信が来たのです✨ あちらでお世話になっていた、ボスです。 当時小学生だった社長の子どもたちも、今はもう結婚して子どももいる とのこと。 そのボスは当時、毎年やってくるワーホリが帰国後送ってくる年賀状を 見ながら言っていたのです。 「帰国してもこうやって年賀状を送り続けてくれる子はね、幸せにしている という証拠なんだよ。」 と。 私は、ずっとずっと送り続けてやろうとその時心に決めました。 あれから20年!! しつこいね、私。 でもやっと返事が来たよ。 そんなこともある。 次の年賀状をどうするかは、1年かけてゆっくり決めようかしらね。 ...
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