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2022年08月29日(月) 書き手が性別を明かさない理由

ひょんなことから、『鬼滅の刃』の作者が女性であると知った。
えっ、あのペンネームで?と驚いて、さっそく漫画好きの同僚に話したところ、「そうだよ。知らなかったの?」とこともなげに言う。
「吾峠呼世晴」という名前を見て、「あら、女性なのね」と思う人がいるだろうか。ほとんどの読者が自動的に「男性」と判別したはずだ。
作者はそれがわかっていて、いや、むしろそれを期待してそのペンネームをつけたにちがいない。



そういえば、私もたまに性別を間違われることがある。
いやいや、見た目の話じゃない。サイトの文章を読んでくれた人から、
「最初の頃、男性が書いていると思っていました」
「女性だったんですね」
と言われたことが四、五回あるのだ。
なるほど、「だ・である」調で言い切ることが多い文章は男性的な印象を与えるかもしれない。とはいえ、記事をいくつか読めば会話文や母親であることがわかる記述が出てきて、勘違いに気づけるだろう。

が、中には一年読みつづけてもどちらが書いているのかわからないサイトもある。こういう場合は「性別は明かさない」という書き手の明確な意思がある。
『鬼滅の刃』の作者は実際とは逆の性別に見せたかったようだが、「男性とも女性とも思わせたくない」と考える人もいる。そういう書き手は中性的なハンドルネームを使い、アイコンは動物や風景。一人称はもちろん「私」で、言葉遣いが柔らかい。

同僚が言うには、「吾峠呼世晴」は編集部の意向によるものだそうだ。少年誌では女性作者の作品は読者に敬遠されることがあるため、男性を連想させるペンネームにするらしい。
「で、人気が安定したら公表するの。だから、男の名前だけど実は女性って漫画家、けっこういるよ。『金田一少年の事件簿』のさとうふみやとか」
へええ、そうだったのか。
でも、サイトの文章はお金を払って読む漫画雑誌とはちがう。目の前に面白そうなタイトルの記事があったら、たいていの人はとりあえずクリックするんじゃないだろうか。そのとき、「これを書いたのは男か、女か」なんて考えない。

だったら、どうして性別を知られまいとする書き手がいるんだろう?
女性の場合は「厄介ごとを避けるため」というのがありそうだ。女性ばかりのオフ会で「web上で文章を書いていて困ったこと」というテーマで話していたら、
「男性読者から写真が送られてきた」
「出張でどこそこに行くと書いたら、食事に誘われた」
「純粋な読者だと思って会ったら、口説かれた」
といったエピソードが次々に飛び出した。私がそんな経験は一度もないと言ったらとても驚かれたところをみると、女性の書き手には“あるある”なのかもしれない。
だとすると、そういうのがわずらわしいから性別は伏せておきたいという人がいても不思議はない。

また、「先入観なく読まれたり評価されたりするには、書き手の属性は邪魔になる」と考える人もいるかもしれない。
文章の中身で勝負しているという自負がありそうな人ほど、ふだんからそれに持ち込む私生活の分量をコントロールしている印象がある。たとえば趣味や仕事の話はするけれど、家族は一切登場させない、というような。だから、結婚しているのかも子どもがいるのかもわからない。余計なものが写り込まないよう自分の周囲をトリミングして書いている。
プライバシーの露出は最小限に留めつつ読ませる文章を生みだしつづけるなんて、誰にでもできることじゃない。



ところで、私が勘違いされることがあるのは性別だけではない。
読み手の方から「五十代くらいの人が書いているのかと思っていた」と言われたときは愕然とした。当時、三十を過ぎたばかり。実年齢より二十も上に見られていたとは……。
オフ会で初めて会った人に「テキストより十数歳若く見えます」と言われたこともある。喜んでいいものやらなんやらわからない。
文章年齢を決める要素ってなんなのだろう。

……とここまで書いて、気づいた。
男性が書いたと見紛う、老けた文章。どうりでうちには口説きメールが届かなかったわけだ!

【あとがき】
取り上げるテーマの傾向や発想、言い回しから「この人はきっと男性(女性)だな……」と思うこともあるけれど、正解が知りたいわけじゃない。
その人の文章が好きだから、ためになるから読んでいる、それだけ。