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2021年01月25日(月) 気にする、気にしない

同僚の話である。義妹が結婚することになったので、車ですぐの夫の実家を訪ね、お祝いの品を贈った。義妹も義父母も喜んでくれ、ほっとしたのもつかの間、後日夫を通じて耳にした義母の言葉にもやもやしているという。
訪問の数日後、仕事帰りに実家に寄ってから帰宅した夫が言った。
「母さんが、『お祝い事だから、日を選んでほしかった。それに人に物を贈るときは、午前中に届けるもんだ』って言ってた」
同僚はそのとき初めて、「吉日を選ぶ」という発想がなかったことに気がついた。その何日か前に義妹に連絡したら、「その日ならずっと家にいるから、何時に来てもらってもだいじょうぶ」と言われたため、用事を済ませたあと午後に訪ねたという。その場では義母はなにも言わなかったが、内心思うところがあったのだ。
それを知り、彼女は自分の至らなさを痛感し、情けなくなった。が、その一方で、面白くない気持ちも湧いた。「何時でもいい」と言っていたところをみると、義妹もそういうことを気にしていたとは思えない。
「そこまで気が回らなかったことは失敗だったけど、でもだからってそんなにがっかりされなきゃいけないこと?そもそも、この時代にそんなことにこだわるのがおかしくない?」
と彼女はこぼした。

同僚の「大事なのは気持ちでしょ」はもっともだ。でも、“お日柄”を気にする人たちは「贈答や慶事弔事の際、作法に則ること」も相手を大切にする気持ちのあらわれ、とみなすのである。
もしかしたら義母は「贈答のマナーも知らないなんて」と息子に愚痴ったのではなく、嫁が今後誰かに常識知らずと思われないよう教えておいてあげなきゃと思ったのかもしれない。
友人に、仏滅に結婚式と披露宴をしようとして双方の親に縁起が悪いと猛反対され、「それだったら出席しない」とまで言われ断念したというのがいる。彼女は、
「仏滅プランだとサービスがグレードアップして費用は安くなる、式場は混雑しない、希望日で予約を取りやすい、でいいことづくめだったのに……」
と悔しがっていたが、そのドライな感覚を親世代に理解してもらうのは難しいだろう。
結婚式や披露宴は自分たちのためだけに行うものではない。式場を選ぶ際に遠方から足を運んでくれる人たちのアクセスを考えるのと同じように、日取りに関しても両家両親や年配のゲストの心情に配慮してもいいんじゃないかと私は思うくちだ。
大学進学のために一人暮らしを始めるとき、引越し業者の予約を取ろうとした私に母が言った。
「三隣亡の日は避けなさいよ」
三隣亡とは建築関係の大凶日で、この日に地鎮祭や上棟式、竣工式といった建築行事を行うと火難が起こり三軒隣まで焼き滅ぼすと言い伝えられている。「そんなの科学的根拠のない迷信だ」とこちらは気にしなくても、転居先の隣人はそうでないかもしれない。だから「自分がよければ」ではだめ、今後の付き合いを考えると得策ではないよ、と。
たしかにそうだなと思った。気にする、気にしないは個人の自由。だけど、それを重んじる人もいることを忘れてはいけない。

そうは言っても、もう十年もすればこれらのしきたりや迷信にこだわる人はぐっと減るだろう。六曜が記載されたカレンダーも結婚式の仏滅割引もなくなっているかもしれない。
先日讀賣新聞で、「丙午(ヒノエウマ)の女」の迷信が影響して、直近の丙午の年(一九六六年)の出生数は前年と比べて二十五パーセント減だったという内容の記事を読んだ。
丙午は六十年に一度訪れる干支。その昔、丙午生まれの八百屋お七という女性が激しい恋心の末に、「火事が起きれば愛しい彼に会える」と江戸の町に放火した事件が起こり、そこから「丙午生まれの女性は気性が激しく、夫を食い殺す(寿命を縮める)」という俗説が広がったと言われている。
次の丙午は五年後の二〇二六年。しかし、そのときには女の子が生まれるのを恐れて妊活を延期しようと考える人はほとんどいないだろう。
二十代の同僚に「丙午」と言っても誰も知らない。それに知っていたって、その頃に結婚・出産の適齢期にあるのは丙午に生まれた女性が生んだ子ども世代。丙午生まれを不吉だなんて思うはずがないもの。

【あとがき】
丙午を知らない人も多いけど、「三隣亡(サンリンボウ)」を知っている人はさらにいませんね。で、知らなかったら、周囲に配慮のしようがないわけで。棟上式や地鎮祭をしようとしたら建築業者が止めてくれるでしょうが、引越し業者は教えてくれるかどうか。「この日に建築や工事を始めるとその建物だけでなく隣三軒にまで悪い影響が及ぶ」という言い伝えがあることを知っている人の隣に、何も知らず三隣亡に引越してくる人があったら……と想像するとちょっとコワイです。その後の近所付き合いに影響することもあるんじゃないでしょうか。三隣亡って字面からして恐ろしい……。