過去ログ一覧前回次回


2011年08月15日(月) 電磁波問題(後編)

※ 前編はこちら

「A子さんが言っていたことはどのくらい正しいんだろう?」
インターネットで調べてみると、海外の研究機関の疫学調査の結果などから電磁波が「健康を脅かすリスクがあることは否定できない」と言われているのはたしかなようだ。
現時点ではそれはクロかシロか判明していない「グレーゾーン」に属する。そのため、ヨーロッパを中心としたさまざまな国や地域で予防原則の考え方の下、電力設備の建設や携帯電話の使用などに関する規制やガイドラインが設けられているという。それに対し、日本ではそういうものがほとんどない。「クロでないかぎりはシロとする」ということだ。
当然のことながら、電力会社のサイトには「健康リスクがあるという確たる証拠は認められないから問題ない」と書いてある。国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)や経済産業省など公的機関の見解も同じだ。
しかしその一方で、「電磁波問題は今世紀最大の公害だ」とその危険性を訴えるサイトがたくさんあり、「国や電力会社は『居住環境における電磁波はICNIRPが定めたガイドラインの値を下回っているから大丈夫』と言うが、そもそもその基準値が問題なのだ」と主張している。
「電磁波問題はこれまで多くの研究者が指摘してきたが、日本のマスコミは無視してきた。なぜなら電力会社と携帯電話会社は大スポンサーだからである……」
なんて書いてあるのを読むと、さもありなんと思う。
とはいえ、この人たちのうちいったいどのくらいがそれについて正しく理解した上で声を上げているのだろう?聞きかじりの知識で不安がっている人も少なくないのではないか、という疑念が湧くのも正直なところだ。

しかしそれはそれとして、私は自分がどのくらいの電磁波を浴びながら暮らしているのかを把握しておきたいと思った。送電線や電柱のトランス(グレーの円筒形のもの)がそこかしこにあり、家では家電製品に囲まれている。
そこで東京電力に電話をして、自宅の電磁波の測定をお願いした。無理を言ったわけではなく、そういうサービスがあるのだ。
数日後、測定器を持って訪ねてきてくれたのは気のいいおじさんだった。まず、ブレーカーを切って屋内配線に電気が流れないようにして各部屋のバックグラウンド値を測定する。
二階の和室でほかの部屋の三倍くらい高い値が出たが、なぜだかわからない。首をひねっていると、「この部屋はお隣の家とどのくらい離れていますか?」とおじさん。
家と家が密接していると、隣家のエアコンの室外機が原因になることもあるらしい。もっとも、最近の家電製品は省エネに配慮しており発生する電磁波も控えめになっているため、お隣さんが電気をたくさん食うよほど古いエアコンを使っていたら、の話だそうだが。
和室の原因はわからずじまいだったが、A子さんが当時マンションに住んでいた私にこんな忠告をしてくれたことを思い出した。
「隣の家と接している部屋を寝室にしている場合はそっち側の壁にベッドを置いちゃだめよ。お隣さんが壁の向こうにどんな家電を置いているかわからないからね」
これはでたらめな話ではなかったのだなあ、といまごろになってちょっと感心する。あのときは「気にする人はこんなことまで考えるのか!」とあ然としたが、いまはいくらか理解できる。テレビやオーディオ機器が配置されている可能性は大いにあるから、敏感な人にとっては気持ちが悪いのだろう。
つづいて、家電製品が動作時にどのくらいの電磁波を発生させるかを確認する。
A子さんの言う通り、モーターのついた家電製品は軒並み高い値を出した。中でも電子レンジや掃除機、除湿乾燥機はこの後送電線直下で測った値の十倍から二十倍であった……と言ったらびっくりするかもしれないが、2メートル離れればほぼ0になるからどうということはない。ドライヤーだけはちょっと困るけれど……。
その後、近所の公園や幼稚園バスの停留所などよく行く場所でも測定してもらった。私は歩きながら次々と質問をし、おじさんは立場上言いづらいこともあったと思うが、しかし誠実に答えてくれた。



「ICNIRPが定めたガイドラインを見直すべきだ」という主張が妥当なものであるかどうかなど、もちろん私には判断がつかない。しかし、スイスやイタリアでは住宅や病院、学校といったとくに気を配る必要があるとされる場所にはその安全基準(100μT)よりはるかに厳しい制限値が設定されている(スイスは1μT、イタリアは3μT)ことを考えると、ゆるいと言われているそのガイドラインすら採用されていない日本は本当に大丈夫なの?という思いが浮かぶのはたしかだ。
「電磁波にさらされると体内に電流が流れる。生理的に体内で発生する量以上の電流が流れることによって中枢神経系に影響が出る」というメカニズムにはなんとなく頷けるし、エックス線や紫外線が電磁波の一種であることを考え合わせても、携帯電話や家電製品が発するそれが人体に望ましくない作用をする可能性を持っていたとしてもそれほど不思議ではない気がする。

そういうわけで、私は少々認識を改めた。
測定器を購入したり電磁波カットのエプロンを着けたりして積極的に防護に努めるほどの切実さはないけれど、子ども部屋をつくる際にはベッドの配置を考えるだろう。これからもコタツには入るし携帯電話も持ち歩くが、「無意味に電気に近づくのはやめる」くらいの心がけはしてもいいと思うようになった。「レンジがチンというまでじーっと前で待たない」とか「ノートパソコンを膝に載せて使わない」とか「発信中は携帯電話を耳に当てない(発着信の瞬間にもっとも強い電磁波が出るそうだ)」とか。
「携帯を枕の下に敷いて寝るのはやめる」と言ったら、A子さんはそんなことをしていたの!と血相を変えるだろうなあ。

※ 「電磁波」というのは「放射線(エックス線など)」「光線(紫外線など)」「電波」「電磁界」の総称で、携帯電話やテレビ、ラジオから出る電磁波は「電波」、電力設備や家電製品から出る電磁波は「電磁界」です。日記の中でも呼び分けたほうがより正確だったのですが、話がわかりづらくなるのでそのまま「電磁波」と表記しました。

【あとがき】
私は目覚まし時計のカチコチ音がだめなので(気になって眠れない)、いつも携帯電話のアラームで起きていたんですよね。それがこれからは枕元に置けないとなって困りました。電波時計は頭のそばに置いていても大丈夫なのかしら……。