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2008年07月10日(木) うつさないで。

「お姉ちゃん、ごめんやけど、来週帰ってこんといてー」
と妹から電話があったのは七月あたまのこと。私はその一週間後から実家に帰省することになっていた。
というのは、妹はまもなく二人目を出産予定。彼女の入院中、上の子を実家で預かることになっているのだが、父が仕事に行っているあいだ、母ひとりでやんちゃ盛りの二歳児を見るのは大変だろうと思ったのだ。
いや、それだけなら飛行機に乗ってまで駆けつけることはなかったのだが、この姪が「もうすぐ赤ちゃんがやってくる」と理解したとたん、言葉がすんなり出なくなってしまった……と聞いて、いてもたってもいられなくなったのだ。私もその昔、母が妹を抱いて産院から戻ってきたとき、赤ちゃんを拾ってきたと思ったらしく「元のところに置いてきて!」と泣きじゃくったという。「ママを取られたくない」という思いが、姪の場合はどもりという形で表れたらしい。
産後しばらく妹は赤ちゃんの世話に追われるだろう。「よーし、そんならママに代わって小町ちゃんがいっぱいいっぱい遊んだる!」と私ははりきっていた。

それが突然の「帰ってこないで」。いったいどうして?と思ったら、妹は困惑した様子で昼間あったことを話しはじめた。
臨月に入り、ようやく張り止めの薬と安静から解放されたので姪を近所の公園に連れて行ったところ、四、五歳の女の子が寄ってきた。一緒に遊びはじめたので、妹はその女の子のママとベンチに座って話をしていたのだが、そろそろ夕飯の支度をしなくちゃと会話の切れ目を探しはじめた頃にその女性が「うちの子、いま水疱瘡で幼稚園お休み中でねえ」と言ったものだからびっくり。
あわてて別れたが、すでに三十分ほど遊んだ後。まだそれにかかっていない姪が二週間後に発症する可能性は高い。私はその潜伏期間中に帰省する予定になっているが、もし姪が感染していたら一緒に連れて帰る娘にもうつるだろう。そのため感染していなかったとわかるまで、あるいは水疱瘡が治るまで帰ってくるのは延期してほしい、ということだった。


この話を聞いて、私は本当に驚いた。「幼稚園に行けなくて退屈がるから」と水疱瘡の子どもを公園に連れて行き、よその子と遊ばせる親がいるとは……。そういうときはできるだけ外出を控え、他人との接触を避けるものではないのか。
ましてや連れていたのは妊婦である。大人だからといって水疱瘡を済ませているとは限らないのに。
そのママは女の子の上にもふたり男の子がいると言っていたそうだが、三回も妊娠・出産を経験していながら目の前の女性が「風邪でさえ引きたくない状況にある」ことがどうしてわからないのだろう。

これについて、二児の母である友人は「逆に、何人も子どもがおるからわからんくなってるんとちゃうかな」と分析した。
「私も上の子が幼稚園行きだしてびっくりしてんけど、それまで風邪もめったに引かんかった子が次から次へと病気をもらってくるんよ。手足口病にヘルパンギーナ、プール熱に溶連菌に結膜炎……。で、それがことごとく下の子にもうつる。とくに一年目なんかしょっちゅう病院行ってたわ。でもそのうち『集団生活してたらしゃあない』って思えるようになるねんけど、ときどき、病気をうつされることだけじゃなくて他人に病気をうつすことにも鈍感になってしまう親もおるみたい」

彼女も以前、ママ友のひとりに驚かされたことがあるという。
子ども同士を遊ばせる約束があったのでその数日前に確認の電話をしたところ、「近所に水疱瘡の子がいてうつしてもらってきたの。そろそろブツブツ出てきてもいい頃なんだけどな〜」とさらりと言われた。え、水疱瘡!?たったいま待ち合わせの時間を決めたばかり。彼女には会うのを取り止める気はないとわかってあ然とした。
いま子どもがかかったら、次の連休の予定がおじゃんになる。今回は中止にしてほしいと伝えたところ、そのママは意外そうに言った。
「なーんだ、せっかくうつしてあげようと思ったのに。水疱瘡なんかさっさとやっちゃったほうがいいんだよ」

まるでこちらが彼女の厚意を無にした薄情者であるかのような口ぶりだった、と彼女は言っていたが、まったく恐るべき勘違いである。
たしかに水疱瘡は小さいうちにかかっておいたほうが軽く済むと言われる。私が子どもの頃は誰かがかかるとまだの子がもらいに行くということがよくあった。しかし、いまはワクチンで抗体をつけさせたいと思っている親も少なくない。ある知人は自分の体に水疱瘡の痕がたくさん残っていてコンプレックスになっているので、子どもが一歳になったとき、どの予防接種よりも優先して受けさせたと言っていた。「うつしてあげる」と言われて、ラッキーと喜ぶ親ばかりではないのだ。
生涯免疫が欲しいからうちの子は自然感染で、と考えている人であっても「いつでもありがたくちょうだいします」なわけではないだろう。一緒に遊んでおいでと送り出すときは健康状態に問題がないのはもちろんのこと、ひと月以内に大事な予定がないか、病院が休みの時期にかからないかなどタイミングも見計らうはずである。
欲しいと言ってもいないのに「はい、どうぞ」と押しつけられるのは困る。

* * * * *

上に書いたような親は特別気のつかない人なのだと思うが、風邪でひどい咳をしているのにマスクをつけない人はいくらでもいる。
本人にそのつもりがあろうがなかろうが、それは「自分の風邪が他人にうつろうが知ったこっちゃない」ということであり、積極的にウイルスをまき散らすという点で水疱瘡の子どもをよその子と遊ばせる親となにも変わらない。立派な迷惑行為であるということに気づいてほしい。

【あとがき】
ちなみに、いま水疱瘡は感染している人に接触して48時間以内に予防接種をすると高い確率で感染を阻止できるんだそうで、姪もすぐに注射を打ちに行きました。もっとも、絶対に大丈夫とは言えないので、私の帰省は先送りになったけど……。
友人によると、はしかやおたふく風邪で休んでいた子が「もう発疹が消えたから」「熱は下がったから」といった親の判断で登園し、それをクラス中に流行させてしまう、ということもときどきあるそうです。どうして医者にもう人にうつらないか確認してからにしないのかなあ。