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2007年02月20日(火) 勘違い

前回のテキストにいただいたいくつかのメールを読んで、「二十歳過ぎて童貞」は男性にとって心穏やかでいられないことなのだ、ということをあらためて確認した。
それがばれるのを恐れて仲間内でも下ネタを避けるようになったとか、彼女は欲しいが経験のありそうな女性は敬遠してしまうといった話を聞くと、相当シリアスだなあと思う。
が、そんな男性にはこの事実をお知らせしたい。『婦人公論』最新号に日本人男性の童貞率というものすごくタイムリーなデータが載っていた。二十歳から二十四歳では34.9%、二十五歳から二十九歳では17.1%、四十歳から四十四歳でも7.9%が未経験なのだそうだ(社団法人「日本家族計画協会」の平成十六年版「男女の生活と意識に関する調査報告書」より)。
二十代前半で三人に一人、というのは低い数字ではない。コンプレックスにするのはもう少し先でもいいんじゃないかしらん。


さて、その『婦人公論』に悩み抜いた末に不倫相手との関係を清算した男性の話が載っていた。
妻は仕事を生き甲斐とするキャリアウーマンで、家事には手間隙をかけないが活発で魅力的な女性。しかし、仕事の帰りに家まで送ったのがきっかけで、妻とは別のタイプの部下の女性と恋に落ちてしまった。
残業を早めに切り上げて週二回彼女の部屋に通う日々が始まった。そこはとても居心地がよく、男性は初めて自分の結婚生活を振り返った。
「平日は互いに思いきり仕事をして、週末はテニスにドライブにとふたりであちこち出かける。そんなめりはりのある生活を自分は楽しんでいると思っていた。でも本当は、僕にはこういうのんびりした暮らしのほうが合っているのかもしれない」
その気持ちは日増しに大きくなり、関係ができてから一年半後、彼女に「離婚したら結婚してくれるか」と尋ねてしまう。彼女は大きく頷いた。
とはいえ、妻を嫌いになったわけではないから半年経っても言いだすことができなかった。しかしある晩、いつもは引き止めたりしない彼女が涙顔になっているのを見てついに決意する。
「今日こそ話をしよう」
緊張の面持ちで自宅のドアを開けた。すると妻が玄関口に転がるように走ってきたかと思うと、夫の顔を見て叫んだ。
「できたのよ!」
「え?」
「赤ちゃんよ、赤ちゃん!やっと私たちの赤ちゃんができたのよ!」
男性は頭が真っ白になった。
彼女と一緒になって新しい人生を始めたいと本気で思っている。しかし、十年間授からなかった子どもをようやく妊娠し、天にも昇らんばかりに喜んでいる妻を捨てることができるだろうか。今日言うはずだったのに、なんということ……。
「別れてほしい」を言う相手が一夜にして変わった。
その二日後、彼女は会社を退職、アパートを引き払って彼の前から姿を消した------という内容だ。

良心の呵責など感じずさっさと離婚を切りだしていたら、お望みの人生が手に入っていたろうに……と言いたいところだが、妻と別れて彼女と結婚していたところで、この男性が思い描いているような人生を得られたとは思えない。彼は言う。
「妻は仕事が忙しくて手の込んだ料理を作ってくれることはないが、彼女はいつも好物を作って僕を待っていてくれる。妻は行動的で週末も夫婦で遊びに出かけるのが好きだが、彼女は疲れた自分を癒し、くつろぎを与えてくれる。いままで考えたことがなかったけど、僕が求めているのはこういうゆったりした生活なんじゃないかと思うようになっていった」
彼が挙げている二人の女性の違いはどちらが欠点でどちらが美点というようなものではなく、個性の差でしかない。妻に飽きたわけでもないのに彼女に気持ちが傾いたのは、新鮮さに惹かれたという話であろう。
ないものねだりや新しいものに目移りしてしまうところは誰の中もある。しかし、ほとんどの人はたとえ好きな人ができても妻や夫を取り替えようとまでは思わない。結婚はそう簡単にリセットできるものではないし、なにより「取り替えればいまより幸せになれる」なんていうのは甘い幻想だとわかっているから。
「彼女のところにいると本当に落ちつくんです。うたた寝すると毛布をかけてくれ、起きると熱いお茶が待っている。至れり尽くせり、痒いところに手が届く感じなんです」
そんなの当たり前である。週二回、夜の数時間を一緒に過ごすだけなのだ、そりゃあ彼女ははりきってあらんかぎりのもてなしをする。言い換えれば、彼がそんなふうにしてもらえるのはそこで生活をしていないから、つまり“夫”ではないからなのに、彼は彼女がより自分に合った女性だからだと判断してしまう。

こういう人はきっと同じことを繰り返す。離婚して料理上手の彼女と一緒になっても、次第にその穏やかな生活に刺激を求めるようになる。そしてそのうち、別のタイプの女性を見て言いだすに違いないのだ。
「家庭的で優しい妻に不満はないが、僕が一緒に暮らしてより楽しめるのは……」
彼が思うような人生を送るためには、鮮度が落ちるたびパートナーを交換するしかない。

* * * * *

それにしても、「別れてくれ」と言おうとしていた日に妊娠を告げられるなんてすごいタイミングである。
これはもう天の采配と思うしかない。現に男性はいま、妻と子どもと楽しく暮らしている。
いまでも彼女のことは毎日のように思い出し、自分だけがこんな平和な生活をしていていいのかと苦しくてたまらないと言うが、そんな心配は無用だ。「自分だけ」じゃないから。
あれほど思い詰めた相手と別れてもちゃあんと幸せに暮らしているあなたと同じに、彼女もいまごろは新しい恋を見つけている。妻とは別れると言いながら子どもをつくったような人をいつまでも思って泣いているわけがないじゃないか。