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2007年02月06日(火) 譲れぬ条件(前編)

友人が故郷でお見合いをすることになった。
といっても親類縁者からの縁談ではない。高校時代の友人が自分に来た話を彼女に回してくれたのだという。
「まだ釣書は見てないけど、悪い話ではなさそうでさ」
と、略式とはいえ初めてのお見合いにうきうきしている様子。身上書ってどうやって書くの?当日はスーツでいいの?と騒いでいる。その隣で、つい余計なことを考えてしまう私。
「水を差すわけじゃないけど、あなたの友だちが『私はいらない』ってパスするような男の人、期待できるのかねえ?それって“難あり”ってことじゃないの」
と言ったら、実はその女性には長く付き合っている恋人がいるのだそう。周囲には言っていないのでこういう話が舞い込むことがあるのだが、今回のお相手は条件がよかったため、ただ断るのはもったいないと私の友人に声をかけたということらしい。ふうん、なるほど。
「で、どういい条件なん」
「それがね、三男なのよ」
友人は仕事が立て込むと、「私がいつまでもこんな馬車馬みたいに働かなきゃならないのは嫁に行けないからよ!」と荒れるが、文字通り、彼女は「嫁に行けない」人である。大きな家の一人娘である彼女はお婿さんに来てもらわなくてはならないのだ。
だから彼女は年頃の男性と知り合うと、年齢や恋人の有無より長男でないかどうかがまず気になるという。いいなと思っても長男と判明したらすみやかに退く。過去にそういう思いをしたことがあるのかどうか知らないが、
「結婚できないのわかってて好きになったら、あとがつらいからね」
と言う。

たしかにそうだ。私は十数年ぶりに大学時代に仲の良かった女の子のことを思い出した。
彼女には入学当初から付き合っている同級生の恋人がいたのだが、あるとき雑談の中で「大学を卒業したら、彼とは別れなきゃならない」と言ったので驚いた。ついさっきまで彼のことをのろけていたのである。どうしてそんな悲観的なことを言うのと尋ねたら、「彼、学校の先生になりたいらしいから」と返ってきた。
彼女の実家は食品会社を営んでおり、二人姉妹の長女である彼女は「うちには男の子がいないから、会社はおまえの夫に継いでもらう」と父親に言われて育ってきた。だから故郷に戻って教師になるつもりの彼とは結婚することができないため、いずれ終わらせなくてはならないのだということだった。
彼女は涙ながらに私にそう語ったのではない。こうなることを承知で彼と付き合いはじめたのだからしかたがない、とすでに悟りの境地にいるように見えた。
私はそんな彼女が理解できなかった。家の事情があるのはわかる、だけど物分かりがよすぎるじゃないの……。

しかし、いまはなんとなくわかる。結婚に関してなんの制約もない人は、
「養子になってくれる人でなきゃだめなんて言ってたら、一生相手なんか見つからないわ!」
「どうして私が家の犠牲になって好きな人と別れさせられなきゃならないの」
とどうして抗わないのだろうと不思議に思う。親の都合を子どもに押し付けないでとつっぱねればいいじゃないの、と。
しかし、物心ついたときから「おまえは一人娘だからお婿さんに来てもらわないとね」「兄弟がいないからおまえのだんなさんに会社を継いでもらおう」と言い聞かされて育ったら、おのずとそういうものなのだと思うようになり、成長したときには自分の中でもそれが揺るぎないものになっているのではないだろうか……。
私の友人が三十代なかば、恋人なしという相当切羽詰まった状況にありながらも「婿養子」という前提をひっくり返そうとはしないのは、自分がそういう人を選ぶのは当然のこと、自然なことととうに了解しているからだと思う。

* * * * *

「譲れない条件」は相手探しを難航させる。
男性人口に占める長男の割合は七十五パーセント。次男、三男しか対象にできないとなるとかなりのハンディだ。その上に、「妻の姓になったり妻の実家に住んだりすることは受け入れられない」男性は少なくない、という現実も加わるのだから、友人は本当に大変だと思う。

……というこの文章を実感を持って読んでくれた人がいるとしたら、その多くは男性ではないだろうか。
婿養子を希望する女性は十人に一人もいないが、「親との同居」を条件にする男性は少なくない。それは他のなにより女性に敬遠される要求なのである。 (つづく