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2006年05月19日(金) 誰が読んでいるかわからないから(前編)

リビングの電話を取ると、友人からだった。
いつもは携帯にかけてくるのに自宅になんてめずらしいなと思ったら、携帯の番号とメールアドレスを教えて、と彼女。
「べつに変わってないよ」
「ちゃうねん、携帯なくしてん。友達の連絡先、全部あれに登録してたもんやから、なんもわからんくなってしまって。この電話も年賀状見てかけてんねん」
えーー!思わず声をあげる。
「それ大変やん!」
「そうやろー、むちゃむちゃ困ってんねん。会社の人と飲んだときに店に忘れてきたと思うんやけど、ないって言われてさ。ほんま悲しいわ、いろんな写真撮ってたのに全部パー」

……え。
私は「それは災難だったわねえ」と同情したのではない。電話番号、メールアドレスといったデータがたっぷり詰まった携帯、いわば他人の個人情報の塊をなくしたことについて、「大変じゃないの!」と言ったのである。
それなのに、彼女はさっきから携帯を使えない不便さしか口にしない。わざとなくしたわけではないのだから責めるのは気の毒だとは思いつつも、私はつい言ってしまった。
「あなた、こないだ晩ごはん食べた店で食後のアンケートに答えるとき、名前と住所のところ空欄にしとったやん。自分の個人情報には敏感やのに、友達のそれが漏れることについてはなんでそんなに大らかなのよ」

第三者に見られるとまずいことになる可能性があるのはアドレス帳だけではない。
私はこれまでにずいぶんたくさんのメールを彼女に送ってきた。たわいのない話ばかりとはいえ、こちらの氏名が明らかな状態で見ず知らずの人間に読まれるかもしれないことを考えると、ものすごく気持ちが悪い。
それに万が一、「読まれた」だけで済まなかったらどうするのか。
受信箱の中に「今週末から家族でハワイでーす。お土産買ってくるね」という内容のメールがあったとする。拾った人が「そうか、この家はしばらく留守なのか……」とあらぬ気を起こさないと言えるだろうか。あるいは、勤務時間中に職場から送信されたとわかるものや不倫の相談を受けたものを読んで、「このネタ、金になりそうだ」と考えるかもしれない。
もしもそんなことになったら、そのメールの送り主は大変なトラブルに巻き込まれることになるのである。
洗濯したりトイレに流したりして使えなくする分にはちっともかまわないが、ロックもかけていない携帯を紛失するのだけは勘弁してほしい。
「大丈夫、そんなシリアスなメールはないから。それにふつうはまあ、そんなことにはならんやん?」
と彼女は言う。しかし、そんなことはまったくわからない、と私は思う。
日記の読み書きを趣味にして何年にもなるが、私がそれからなにを学んだかというと「世の中にはいろいろな人がいる」ということである。
さまざまな意見の持ち主がいる、という意味ではない。自分の常識や感覚では理解に苦しむ行動をとる人が、私の思う「ふつう」では考えられないようなことをする人が存在することを身をもって知ったのだ。
“聴衆”の中にはなにをするかわからない人が混じっている……。その思いは私の中で年々強くなっていく。 (つづく