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2005年11月09日(水) 「レディーファースト」がうらやましいわけじゃない

「私、ぜったい結婚する……!」
会うなり決意表明をするA子。なんのこっちゃと思ったら、彼女は夏の終わりに友人夫婦と三人で旅行に出かけたときの話をはじめた。

「そのだんなさんがとにかく優しい人でさ。すごい暑い日やってんけど、友だちに自分の影を歩かせるねん。少しはましやろって。小さい虫が飛んでるとこ歩くときなんか、彼女が虫嫌いやからって目のところを手で覆ってあげててんで!」

旅行のあいだ中、彼は妻に対してその調子だったそうで、独身をこじらせているA子はいたく感動したらしい。で、冒頭のセリフにつながるわけであるが、「来年こそ幸せになるわ!」と気炎を上げている彼女に私はつい言ってしまった。

「あのねえ、そんな夫が世の中にゴロゴロいるわけないでしょうが。そういう男の人は特別なの。言っちゃあなんだけど、私のまわりなんか夫の気遣いが足りんってブーブー言ってる妻ばっかりだよ」

しかし、ほどなく「……いや、そこまでめずらしくもないか?」と思い直した。つい最近、その手の男性に会ったことを思い出したからである。

* * * * *

先週の後半、私は夫、夫の同僚夫婦の四人で上海蟹を食べに香港に行っていた。
その夫婦とは会社のイベントで何度も会ったことがあったが、一緒に旅行をするのは初めて。年齢も夫婦歴もうちと変わらないよその夫婦がどんなふうなのかには興味があるし、いろいろ勉強させてもらおうと思っていたところ……。

私はかなり驚いた。その男性が奥さんのことをたえず気にかけ、なにくれとなく世話を焼くのである。
見るからに不衛生そうな粥麺店に入れば、「食べられそうなものあるか?」と尋ねる。あちらは人より車が強いため、道路を横断するときは必ず手を引く。バスや船に乗れば景色がよく見える窓際の席に座らせる。
空港で発車間際のモノレールに乗り込むとき、少し遅れて走ってくる彼女のためにドアが閉まらないよう自分の体を盾にしていたのを見たときは、「おおっ、すばらしい」と心の中で手を叩いた。
え、それの何に感心するの?と思ったあなた、幸せ者ですね。私は以前、目の前でドアが閉まり、夫に置いて行かれたことがあるのだ。もちろん次のモノレールで追いかけたが、降りたホームに夫の姿はなく、合流できたのは検疫もイミグレも通過したあとの手荷物受け取りのターンテーブルのところであった。

どうしてうちはこうなのかしら。
同僚夫婦は年が離れているが、私たちは同い年だから?夫の性格や妻に対する関心の大きさの違い?それだけでもなさそうだ。
二日目の午後、夕食まで自由行動にしようという話になった。尖沙咀で買い物をしたりお茶を飲んだりしてぶらぶらし、約束の時間に待ち合わせ場所に行くと、奥さんに「心配してたんよー」と言われた。
遅刻したわけでもないのにどうして?と首を傾げたら、彼女にとって自由行動というのは「夫婦水入らずで」という意味だったらしい。私と夫が別行動だったため、驚いたのだそうだ。

「お互い見たいところが違ったから。ここには今日しか来られないし」
「でも怖くない?海外だし、ひとりは危ないよ」
「大丈夫だよお、治安いいもん。それに香港は五回目なんよ」
「でもさっき○○君が、ヨーロッパとかでもいつもそうだって言ってたよ」

そして彼女は、「小町さんて、たくましいよねえ……」としみじみ言った。
放っておかれる理由はこのあたりにもあるのかもしれない。


夫にレディーファースト的な扱いをしてもらえる女性がうらやましいわ、という話ではない。
私は子どもではないから、自分のことは自分でする。メニューの心配をしてもらわなくても適当に注文するし、車の多い道路だって手を引いてもらわなくても無事に渡れる。ドアを開けたまま待っていて私を先に通そうとする必要もない。“保護者”のように始終妻に目を配っていることはないのだ。

だけどもし、大きな荷物を持とうとしたときに「あ、それ重いからいいよ」と言ってくれたら、人込みの中で私がちゃんとついてきているかたまに振り返って見てくれたら、私はとても幸福な気持ちになるだろう。
おなかが痛いと言ったとき、「薬飲んだの?」だけでなく「大丈夫?」のひとことが聞けたら、私はどんなにうれしくなるだろう。

つい面倒を見てやりたくなるようなタイプではないのだろうけど、でももうちょっと気にかけてほしいな……と思うのは、自分が女だから、ではない。
いたわり合うのが夫婦、でしょう?