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2005年03月07日(月) できそこないの冗談

週末は友人の結婚式だった。
しかし残念ながら、すべての人から祝福されて……というものではなかった。相手がずいぶん年上、かつ離婚経験のある男性だったため、仲の良い家族がもめにもめ、結局父親が出席しない式になってしまった。
さて、そのパーティーでのこと。新郎の旧友という男性が新郎との思い出話を面白おかしくスピーチしたのであるが、締めの部分で私は「聞き間違えたか?」と一瞬耳を疑った。
「えー、記憶に間違いがなければ、わたくしは十数年前にも今日とまったく同じ場面に居合わせたことがありまして、そのときもまったく同じ質問をしたように思うのですけれども……コホン、新郎にお尋ねします。いま、幸せですか?」
私はとっさに友人を見た。さきほどからと変わらぬ笑顔を浮かべていることにほっとしたら、次第に「なんなんだ、この人は……」という気持ちが湧いてきた。
今日とまったく同じ場面に居合わせたことがありまして------彼はここで笑いを取るつもりだったのだろうか。だとしたら、なんてセンスのない冗談なんだ。スピーチを頼まれるくらいの間柄であれば、この日を迎えるまでのふたりの苦労や新婦の父の姿がここにないことの理由を知らぬはずがないだろうに。
いつまでもその部分にこだわっているのは彼女にすまない気がし、すみやかに頭を切り替えることにしたものの、もしこれが自分の妹の式で起こったことだったら、私は本気で頭に来ていたはずだ。
悪気はないのだろうが、ついでに思考もない。いい年をして場の空気も読めないのか、と心の底からあきれた。

「こういういうところでそんな話をしないでよ!」と叫びたい衝動に駆られることは、私の生活の中にもちょくちょくある。
哲学者の中島義道さんのエッセイで、
「知り合いに『うちのやつはニーチェもサルトルも知らないんだ』と言ったら、あとで妻が怒って泣いた。しかし、自分にはまるで理由がわからない。だって本当のことじゃないか」
という話を読んだとき、「そんなだから奥さんが泣くのよ!」と思わず声をあげたが、私の夫も妻の心のうちにきわめて鈍感な人である。
夫の実家で義父母や義弟家族と食卓を囲んでいると、彼が“恐妻家”を気取るといおうか、私の尻に敷かれているかのようなポーズを作ることがある。
男が三人集まればおのずと仕事の話になるが、そんなとき夫は「どんなにがんばって働いても小遣いが上がるわけじゃないしなあ。うちって小遣い少ないよー」といったことを無邪気に口にするのだ。
彼はみなの前で訴えてなんとかしようと考えているわけではない。私への甘えもあっての軽口である。ということはわかっているのだが、私はかなりうんざりする。
いっそ額まではっきり言ってくれれば、「おまえ、それだけもらってたら十分だ」「そうだよ、兄貴。うちなんかさ」と話は展開するのではないかと思うのだが、ただ「小遣いが足りない」ではそんなに締めあげられているのかしら……と義父母が心配しないともかぎらない。
以前、それじゃあまるで私は小遣いもろくに与えず夫を虐げてる鬼嫁じゃないか!とカチンときたので、「どこが少ないん。あなたほどもらってる同年代の男の人を私は知らないよ」と言い返したら、義父に言われた。
「嫁さんはそういうことを言わないほうがいい」
以来、夫がその手の話をしてもハイハイと笑って聞き流すようにしているが、心の中ではいい加減にしてよと思っている。
小遣いの額に満足している夫など世の中にほとんどいないと思うが、妻が言い返すことができない場でそういう冗談とも愚痴ともつかぬことを言うのは勘弁してもらいたい。

正月に帰省したときにも唖然としたことがあった。
何時の飛行機で帰るのかと尋ねた義父に、夫が昼前と答えた。それを聞いた私が「あれ、午後の便じゃなかったっけ?」と言ったら。
「小町さんが早いほうがいいって言うから、予約を変更したんじゃないか」
夫の実家からいったん自宅に荷物を置きに戻り、今度は私の実家に向かうスケジュールになっているので、早めの便のほうが都合がいいとはたしかに言った。
が、それは夫の実家に二泊する予定にしていた、二週間も前の時点の話である。その後、台湾からの帰国を一日遅らせ彼の実家には一泊しかしないことに決めたため、そう早い時間にいとまをするつもりはなかったのだ。
それなのに、彼がまるで私が昨夜にでも「早い便にして」と頼んだかのような口ぶりで言うものだから、驚くやら悲しいやらでしばらく動けなかった。

先日、義理の実家でちょっとした集まりがあった際にも、彼が久しぶりに顔を合わせた親戚の前であまりにつまらないことを言ったため、テーブルの下で私が彼の足を蹴るという場面があった。
自分がそういう発言をしたら、その場にいる人たちに私がどんなふうに思われるかということをまるで想像しないらしい。冠婚葬祭でしか会わない人たちに、もしそのできそこないの冗談を真に受けられたら、私は誤解を解くこともできないというのに。
これまでにも何度となく読み手の方から、「男は正面切って言われなくちゃわからない生き物なんですよ」と言われてきたが、「妻の立場ってものも少しは考えてくれない」なんてことまで言わなくてはならないの?
羽田に向かう電車の中で私が黙りこくっていた訳に、やはり彼は気づいていないのだろうか。