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2004年12月15日(水) 脳内デート

学生時代の友人が実家の用事で帰阪していたので、ひさしぶりに会った。大学卒業後まもなく結婚、地方に移り住んだ彼女は梅田に出てきたのは七、八年ぶりだという。
「えらい派手なもんができたんやねえ」
と窓の外を指差す。その先には東京タワーのように真っ赤な骨組みでできた大観覧車。阪急グランドビル最上階のレストランからHEP FIVEの屋上にそびえるそれは、かなりの迫力で見えた。
照明がいろいろなパターンで点いたり消えたりするので、見ていて飽きない。しかし、ゴンドラ内はうまい具合にというべきか当然というべきか、暗いままキープされるようになっている。
「やっぱみんなキスとかしてるんかな」
と彼女。
「そりゃあそうでしょ。カップルは夜景を見るためというより、ふたりきりになりたくてあれに乗るんやから」
「でもさ、観覧車中のカップルが同じことしてるって考えたら、なんか気持ち悪くない?この瞬間に前も後ろも……と思ったら、私やったらする気なくしそう」
天の邪鬼な彼女らしい発想だ。でも、私は他のカップルと同じであろうがなかろうが、したいもんはしたい。するもんはするのだ。
彼女は「いかにもあんたらしい」と言わんばかりに大きく頷いた。
「で、小町ちゃんはあれ、乗ったことあるん?」
「まだないねん」
「ってことはもうないってことか」
そう、そうなのだ。そのあたりは週末に夫と歩くことがあるが、あれに乗ろうよ!と彼が私の袖を引っ張る図を想像するのはかなりむずかしい。それは友達以上恋人未満、あるいは生誕一年未満の発展途上カップルのための空間であって、年季の入ったカップルが興味をそそられるものではない。つまり、私にその機会が訪れることはこの先もないということだ。
そう考えると、やはり無念である。自慢じゃないが、私は過去に男の人と観覧車に乗ったことがない。そこではどんな展開が待っているのだろうか。

男性に続いて乗り込んだ私は彼の目を見つめて言う(関西弁ではムードに欠けるため、ここは標準語でいこう)。
「私、どこに座ったらいい?」
もしきょとんとして向かいの席を指差す男性がいたら、私は彼に猛省を促すだろう。なにがかなしくて観覧車で向かい合わせに座らねばならないのか。一周するあいだ、延々と説教するにちがいない。
このシチュエーションでは、どう考えても正解は「さっと奥に詰め、自分の隣りに場所を作る」である。「にっこり笑って、ぽんぽんと自分の両膝を叩く」余裕があれば、なおよろしい。
そして私が腰掛けると、彼がまじめな顔で言う。
「あっ、いまゴンドラがすごく傾いたような……」
「えー?ヒッドーイ!」
ここで私はこぶしを振り上げて怒るフリ。
「あははは、冗談だよ。ほら、今日は晴れてるから明石大橋まで見えるかもね」
「そんな遠くまで見えるかなあ」
「じゃあ賭けようか」
「いいよ。でもなにを?」
「じゃあね、もし俺が勝ったら……」


な、なんて楽しそうなの。若いうちにこういう思い出を作っておきたかった……とうなだれたら、彼女があきれ顔で言った。
「夢を潰すこと言うようやけど、この時期に乗ったらたぶんすっごい寒いと思う。隙間風とか入ってきて」
「ううん、大丈夫。冷暖房完備やから。ちなみにBGMも流れるねんで」
「そうなん、すごいな。じゃあ料金けっこう高いんかもね」
「いや、できた当初はひとり千円やったけど、いまは値下げして五百円になってる」
「えらい詳しいね」
こういうのを往生際が悪いというのだろうか。

駅で、私の前を行く女の子が何度も振り返っては誰かに手を振る。そこに彼がいるのだということは、その名残惜しそうな様子を見れば確認しなくてもわかる。
「付き合いはじめたばかりなんだろうな。初々しいな」
そして彼女がひときわ大きく手を振り、タンタンと階段を上ってホームに消えた後、私はもういいかな?と振り返った。男の子がどんな表情をしているのか興味があったのだ。
驚いた。彼は改札の向こうでしゃがみ込んでいた。おそらく、彼女を見失う瞬間を一秒でも遠くにやろうとして。
私は胸がきゅっとなった。人生はこの先も長い。でも、私の背中をこんなふうに見送ってくれる人はもう現れないだろう。
「あの人と観覧車に乗りたい」
誰かのことをそんなふうに思える時間は限られている。そういう相手がいる人は、いまをうんと大事にね。

【あとがき】
そもそも男性と遊園地に行った経験がないですね。東京ディズニーランドには行ったことがあるけど、あそこは観覧車はなかったし。お付き合いした人の中に、行列するのを苦にしない男性はいなかったもんなあ。いや、私自身むかしから遊園地デートには興味がなかったような気がします。そういえば、デートで映画を見に行ったことも一度しかありません。
え、もしかして小町さん、デートの経験自体が少ないんじゃないのって?失礼しちゃう、学生時代なんてデートしかしてなかったわよ!……ってそんなの自慢になりません。