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2004年10月15日(金) 「恥点」の違い

……ふっふっふ。
おっと失礼、ついしのび笑いが。実は、少しばかりうれしいことがあったのだ。
私の日常生活の中に誰かに褒められるシーンというのはほとんどない。が、先日、友人から「このあいだロングブーツを履いていたけど、よく似合っていたよ」と言われたのである。
そして、私のゴキゲンに拍車をかけるのが「このあいだ」というところ。その場で言ってもらえるのももちろんうれしい。が、「言いそびれてたんだけど」にはさらにぐっとくる。ブーツを履いていたことに「気づいた」に、何日ものあいだそのことを「覚えていた」という要素が加わるからだ。
こういうとき、「お世辞とわかっていてもうれしいわ」なーんてつまらぬ謙遜をしないのが私のいいところ。満面笑みで「ソウデショ、ソウデショ」と相槌を打ち、この素敵な言葉を心の床の間に飾っておくことにした。
それにしても、この違いはどうだろう。夫は同じブーツを見て、魚屋の長靴みたいだと言うのである。「どこの世界にこんなフェミニンな長靴履いてる魚屋さんがいる!」と玄関で地団駄を踏んだのは一度や二度ではない。
常日頃、私が男性に対してぜひとも遠慮していただきたいと思っていることのひとつに「思いつきで女性のファッションにケチをつけること」というのがある。私の中には自分が男性のネクタイを選べないように、彼らにも女性のおしゃれはわからないだろうというあたまがある。そのため、こんなのが似合いそう、着てみてほしいといったリクエストなら別だが、考えなしに口にしたひとことにはカチンとくることがある。
こんな私は男性と一緒に服を買いに行った経験がほとんどない。ブティックで彼が見立てた服を当然のようにフィッティングルームに持ち込む女性を見かけるたび、不思議なような羨ましいような気持ちになる。

ところで、男性と一緒に服を選ぶ、といえば。
先日、ショーウィンドウの中のマネキンが着けていたブラジャーに惹かれて、ランジェリーショップに立ち寄ったときのことだ。店に足を踏み入れて、ぎくり。大学生くらいの男の子がいるではないの。まるで照れる様子もなく、次々とブラジャーを手に取っては同い年くらいの彼女に「これにしろよ」なんて言っている。
なにもめずらしい光景ではない。百貨店の下着売場でも恋人の買い物に付き合っている男性の姿はしばしば見かける。しかしながら、男性にこういう空間をうろうろされるのは正直言ってあまりありがたいものではない。
口紅と同じで、下着も肌の色によって似合う色、似合わない色というのがある。私は色が白いため、濃い色との相性がよろしくない。黒やボルドーにも憧れるが、悲しいかな、水着を着ているようにしか見えないのだ。そんなわけで、自分の雰囲気に合うかどうかを確かめるために鏡の前で色合わせをしてみたいのである。
しかし、近くに男性がいるとこれが非常にしづらい。ほんの一瞬のためにいちいちフィッティングルームに行くのは面倒である。が、「よし、男性があちらを向いている隙に!」なんてタイミングを窺っていると、ここは女の領分なのにどうして私がこんな思いをしなくちゃならないのよ、とバカバカしくなってくる。
言われなくてもわかっている、誰も私のことなんて気に留めやしないということくらい。さっきから手当たり次第広げてはポイを繰り返しているこの男の子だって、ひと回りも年上の女がたとえ隣りでブラウスの上からブラジャーの試着をはじめたって目もくれないだろう。
だけど、あなたがよくてもこっちはよくないの、と私は言いたい。

それにしても、女の子がフィッティングルームの中から彼に指示して色やサイズの違うものを運ばせたり、試着した姿を見せて感想を求めたりしているのを見ていると、ある種の感慨に包まれる。
「へええ、そういうことを恥ずかしいと思わないんだなあ」
同じつぶやきでも、電車の中で化粧をしたりものを食べたりしている女性を見かけたときに漏れるそれとは質が異なる。皮肉でもなんでもなく、私は自分と彼女の「恥じらい」を感じるポイント、すなわち“恥点”の違いを思わずにいられない。
こういう女の子はセックスの後、「あー、のど乾いちゃった」なんて言いながら、裸で部屋をスタスタ歩きそうな気がする。そして、彼も「そんな格好でうろうろするなよ」なんてことはきっと言わない。なんせ他の客や店員の前で、堂々とフィッティングルームのカーテンの中に首を突っ込める無邪気さの持ち主なのだから。
子に餌を運ぶツバメのように、文句も言わず彼女と棚のあいだをせっせと往復する彼を見ていたら、ドライであっけらかんとしたふたりがなんだかほほえましく思えてきた。
と、そのとき。彼が棚に戻したブラジャーに何気なく視線をやり……。
「D65」
やっぱかわいくない。

【あとがき】
男の人が下着売場にいるのはいまやめずらしくもなんともない風景ですね。ひとりで来ている風だと「あれ?」となるかもしれませんが、いや、「彼女に贈るものを探しているのかな」と思えないこともない。言うまでもなく私は男性と下着を買いに行ったことはありませんが、もし夫を連れて行こうとしてもたぶん拒むんじゃないかと思います。化粧品売場を通るだけでも居心地悪そうにしていますから。