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2004年09月06日(月) 女に生まれたからには

JR大阪駅のショッピングモールに通じる地下道に、神田うのさんプロデュースのランジェリー&ストッキングのブランド『トゥシェ』の広告がある。
黒のブラジャーとショーツ、ガーターベルトデザインのストッキングというセクシーな下着姿のうのさんがポーズを取っているのであるが、その自信に満ちた表情からはいまにも「アタシ、どう?」という声が聞こえてきそうだ。
その三メートル×三メートルくらいの巨大なカラーコルトンの前を通るたび、立ち止まらずにいられない私。そして気がつけば、いつも同じことをつぶやいている。
「そりゃあこんなカラダしてたら、怖いもんなしだよねえ」
新作コレクションのとき、報道陣の「この姿を見せたい男性は?」の質問に、彼女は「もったいなくて見せられな〜い。うのは値上がりしたの、だから“安売り”しな〜い」と答えていたが、この下着を身に着ければさえ誰にでも言えるというセリフではない。
性格と外見には密接な関係がある。彼女の「お金持ちが好き」と公言してはばからないあのキャラクターは生まれついてのものではなく、自分のルックスを意識した瞬間に芽生え、培われてきたものであるに違いない。
林真理子さんがエッセイの中で、「もし神田うのちゃんの顔とボディになれたら、してみたいこと」として、「嫌いな女の恋人を誘惑する」というのを挙げていた。ある日彼を呼び出し、じっと目を見つめて、こう言うのだそうだ。
「私、あなたが○子の恋人なんてイヤッ。すごくイヤ!私を今すぐ抱いて。そして○子と比べてみて。それから考えてくれればいいわ」
おおかたの女の辞書にはこんなセリフは載っていないだろう。やったとしても、相手の男に首をかしげられ、無言で立ち去られるのがオチだ。ふつうの女にはできない、あるいは許されないことが、非凡な美を備えた女にはできる、許されるということが、この世にはわりとたくさん存在しているような気がする。

最近、黒木瞳さんの『夫の浮わ気』というタイトルの一冊のエッセイを読んだ。その中に、妻の料理がまずいと文句を言う同僚に黒木さんの夫が「おまえ、作ってもらえるだけでも感謝しろ。味なんかその次だ」と答えた、というエピソードが出てくる。そう、黒木さんは自宅で料理をあまりなさらないのだ。
私はそのことについて、「仕事で帰りが遅いから」という理由だけではないだろう、と想像している。以前雑誌のインタビュー記事で読んだ、彼女の言葉を思い出す。
「体の弱いヒロインを演じていて倒れたシーンで、自分の手を口元に持っていったらタマネギくさかった。前の晩に料理したカレーライスが原因だとわかった瞬間、家事をやってはいけないと思いました」
「結婚しても主婦は嫌。女優であることが人生のプライオリティー(優先順位)の第一位」と言っていた人である。結婚後に書かれたそのエッセイに「料理はたまに」とあるのを読み、私はすっかり満足してしまった。
世の中には残業やら出張やらで、黒木さんと同じくらい家を留守にしがちなキャリアウーマンの妻というのはいくらでもいる。しかし、彼女たちは夫や家族から家にいるときの家事も免除されているだろうか。「私が存在していること自体が、(夫に)尽くしているっていうこと」という黒木さんの有名な言葉は、忙しさの度合いや稼ぎの多い少ないではなく、あの類いまれな美貌があってはじめて口にできるものだと思う。
テレビや雑誌を見ていると、「女に生まれたからには、一生にいっぺんくらい言ってみたいものだなあ」とうっとりしてしまうセリフに出会うことがある。うのさんの「もったいなくて見せられな〜い」や、黒木さんの「私が存在していること自体が……」にもため息が出るが、藤原紀香さんが『昔の男』というドラマの中で叫んだ「どうせ私は顔と体だけの女よ!」なんかもすごく羨ましい。そんなことを口にすることが許される女がいったいどれだけいるだろうか。
という具合に、「憧れのセリフリスト」にラインナップされているのはどれも、私が言ったら即座にグーで殴られそうなものばかりなのであるが、先日好機が訪れた。
週末はオートバイ屋に入り浸り、夜まで帰ってこない夫に、私は目を伏せ、言ってみたのだ。
「うさぎって寂しいと死んじゃうんだよ……」
ご存知、『ひとつ屋根の下』の酒井法子さんのセリフだ。さあ、夫よ、どうくる!
「え、うなぎがなに?」
いくらドラマを見ていないからってひどい。まあ、私がやるとこんなもんです。

【あとがき】
仕事帰り、駅で自動改札機のひとつに蓋をするような形で別れのキスをしている若いカップルを見ました。みな黙って隣りの改札機を使っていたけれど、もしあれが中年の男女だったら、とうに突き飛ばされているのではないかしら。人間は外見ではないとか、物事は中身で判断すべし、なんて言うけれど、若さや美しさといった「見た目のよさ」によって許される、大目に見てもらえるものというのもこの世にはたしかに存在するのだ、と思った私です。
ところで、女優の有名なセリフといえば川島なお美さんの「私の血はワインでできてるの」がありますが、これはさすがに無理です。