過去ログ一覧|前回|次回


2003年11月10日(月) 鈍い男

「こんなもの、どこで拾ってきたの?」
帰宅した夫が驚いたように言う。テーブルの上に置いていた『SPA!』のことだ。
もちろん電車の網棚や駅のゴミ箱から拾ってきたものではない。しかし、「失礼ね、ちゃんと買ってきたんです」と言い返そうとして、急ブレーキを踏んだ。
「ボクらの下半身平均マネーライフ」などという見出しが表紙にでかでかと載っているような雑誌を妻がお金を出して買うわけがない、と彼が考えるのは当然という気がする。そうか、ならばそういう品のない雑誌を買う女と思われるのとどこかから拾ってくる女と思われるのと、どちらがまだ救いがあるだろう。
「ちょっと興味のある記事があって……てへ」と小首を傾げてごまかしておいた。

さて、その雑誌の中に「ドリルで学ぶ恋愛学」という連載コーナーを見つけた。今月号では女性にデートの誘いを断られてしまったときの正しい対処法について考えようということで、こんな例題が出されていた。

女性がこういうふうに断ってきた場合、どう返答すべきか。「○○○○○○」に適切なセリフを入れよ。

男 「今度飲みに行こうよ。いつが空いてる?」
女 「あ、ごめんなさい。今月はずっと忙しいんですよ」
男 「○○○○○○」


この先はあなたの回答を用意してから、読み進めていただきたい。
回答者は断言する。
「女性がやんわりと断ってきたら、『じゃあ忙しくなくなったらよろしくね』と爽やかにすみやかに撤退する。退くべきときは退き、好印象を残しておく。そしてしばらくたってから、『最近も忙しいですか?もし時間が合うことがあったら……』と再チャレンジするほうが、その場で『じゃあいつならいいの?』『俺じゃダメ?』などと食い下がるよりまだ可能性がある」
こういうものをまじめに読むのもどうかと思うが、「まったくもってその通り」と深く頷いた私。なぜなら、「どうしてわからないんだろう」と不思議になるような会話神経の鈍い男性に時々出くわすからだ。
幸か不幸か、私自身はそうしつこく……もとい熱心にアプローチされたことはないけれど、男の友人から恋愛相談を受け、その鈍感さに唖然とすることはしばしばだった。自分のことをどう思っているのかわからないと悩む彼には彼女の言葉を再現してもらうのであるが、「あなた、もうとっくに振られてるよ」と言いたくなったことが何度もあった。
言葉の裏側を察したり行間を読み取る力がもともと欠けているのか、それとも悪い結末は考えたくないという思いが心の脂肪を厚くしているのか。私には「いい加減に気づいてよ……」という彼女のうんざりした表情が目に見えるようなセリフも、当の男性にはかすり傷ひとつ負わせていない。
「納得の行く展開でないと現実として認めない」
不屈の精神とはまったく別物の、こういう鈍さは女性をかなり困惑させる。彼らは“吉”が出るまで「そんなはずはない」とおみくじを引き続けるタイプではないだろうか。

いまでこそダイヤル通話料が月額四十円なんていう生活を送っている私であるが、学生時代はキャッチホン�供覆燭世離�ャッチではない。話し中に他からかかってきた電話に応答、録音してくれるサービスだ)をつけていたほどの電話好きだった。そんな私をも閉口させたのが、電話を切らせてくれない人。
相手が知り合って間もないとかそこまで親しい間柄でないというとき、俺と話すの楽しくなかったのかな?と思わせてしまいそうで、「そろそろ切るね」がなかなか言えなかった。できることなら「もっと話していたいんだけど、やむなく切らなきゃならないの」に見えるようにと心を砕いたものである。
昼間なら「おなか空いたと思ったらいつのまにかお昼回ってたんだね」、深夜なら「明日一コマ目から授業だ、イヤだなあ」なんて言ってみる。しかし、こんな遠回しな言い方で気づいてもらえたためしがない。
「ほんとだ、もう一時か。そうそう、昼飯といえばこないだ学食で○○に会ってさ」
「かわいそ、俺は二コマ目からだもんねー。で、話は変わるけど……」
こんな展開になるのが常。私は感じよく「じゃあね」に持って行くための新たな手を考えつつ、またしばらく話に付き合うことになった。
彼らが他人の心を読み取ることが得意だとはちょっと思えない。

スーパーからの帰り道、信号待ちをしていたら横断歩道の数メートル手前で急に減速した車があった。人を降ろすのだろうと思い見ていたのだが、車は停まることなく、ゆっくりしたスピードで静かに私の前を通り過ぎた。
そのとき初めて気がついた。足元に大きな水たまりがあったことに。
こういう人がなかなか電話を切らせず相手をやきもきさせたり、夕食時になってもいとまをせず訪問先の家人を困らせたりすることはきっとないだろう。
社名の入ったライトバンを驚きと感謝の気持ちで見送りながら、「今度はあそこの洗剤を買おう」と思った。

【あとがき】
話を聞きながら、「彼女はもう十分意思表示してるじゃない」と思うことがしばしばありますが、どうして気づかないんだろう。自分に自信があるわけでもなさそうなのに、と不思議になります。でもそれを「男脳、女脳」で片づけてしまっては面白くない。というわけで、今日も私は他人から見たらどうでもいいようなことをあれこれと考えるのであります。