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2003年05月16日(金) プライドをお持ちなさい

顔見知りの女性と初めてゆっくり話す機会があった。私よりひとつ年下の結婚二年目の主婦であることがわかったので、てっきり独身かと思っていたと告げると、「まあ、似たようなものですけどね」と笑う。彼女の夫は平日はほとんど出張に出ているのだそうだ。
私が「あら、うちも週末婚ですよ」と答えると、彼女はそれを聞いて気を許したのか、ほとんど初対面の私にこんな話を始めた。
「最近、夫の様子がおかしいんですよね」
あら、どうしたの。
「夫が帰ってきて、汚れ物を洗濯しようと思って出張カバンを開けるでしょう。そしたら、見たことのない下着が入ってることがあるんです」
夫の下着を買うのも、洗濯をするのも、着替え一式をカバンに詰めるのも彼女。見覚えのない下着など家の中に存在するはずがないのに、ここ半年で数回そういうことがあったという。
「枚数が足りなくて、向こうで新しいのを買ったんじゃない」
「ちがいます。だって、新品じゃないんですよ」
それだけではないという。金曜の夜、なくしたと思っていたネクタイをして彼が帰ってくる。出勤したはずの土曜、急用で会社に電話をかけたら、休みだと言われる。夜中に起き出し、別の部屋から電話をかけている。
「うーん、それはかなり怪しいかも。で、彼はそのたびどう釈明するの?」
「いえ、訊いたことないですから」
「この下着はなにとか、今日はどこ行ってたのとか、そのつど聞かないの?」
「そんなの怖くて訊けませんよ」
私はえーっと言ったきり、言葉をつなげなかった。夫の口からどんな言葉が返ってくるのか想像したら、そりゃあ恐ろしいだろう。真実を知りたくないと怖じ気づくのはわかる。しかし、明らかに体に異状を感じながら、悪い病気にかかっていたらどうしようと病院に行かず放置している人がいたら、やっぱり愚かだと私は思う。
疑いが濃ければ濃いほど、それが自分にとって大切なものであればあるほど、早急に対処しなくてはならないというのに。
しかし、私の胸の中に不快な空気が立ち込めたのは彼女のこの臆病さのせいではない。
この夫が浮気をしているのかどうかはわからない。しかし、もしクロだとしたら彼女は完全に夫になめられている。彼には秘密を隠すために細心の注意を払っているという様子がない。愚鈍な妻が気づくわけがないとたかをくくっているのか、問い詰められても言い逃れできる自信があるのか、はたまたバレてもたいした痛手はないと踏んでいるのか。いずれにせよ、この夫は妻を軽んじている。
「そこまでコケにされながらよく黙っているね」という彼女に対するあきれが、私をたまらなく不愉快な気分にさせたのだ。

先日、新聞の家庭欄に三十代の女性から寄せられたこんな相談が載っていた。

夫から、交際している女性がいると告白されました。私と彼女の両方とも愛している、ふたりとも幸せにできると言うのです。しばらくして夫は彼女に振られたのですが、その後も毎晩思い出の品を抱きながら、私の前で未練がましく泣き崩れます。こんな夫に幻滅していますが、離婚はしたくありません。どうしたらよいでしょうか。


私はこの幼稚な夫に対してだけでなく、妻にも言い知れぬいらだちを覚えた。
どちらも幸せにできるって?別れた愛人を思い、妻の前で号泣するって?よくまあ、そんなふざけた真似をする夫を許してやっているものだ。それが自分に対するこのうえない侮辱であることに気づかないのか。
諸々の事情を鑑みて、今の生活を失えないという結論に至ることはあるだろう。しかし、そのことと夫に愚弄されっぱなしでいることとはまったく別の話である。
「離婚はしないけど、私の前で彼女の影をちらつかせたら承知しないから」となぜ言わない。「泣き止むまで帰ってくるな!」と表に放り出せばよいではないか。
「あなたには女として、妻としてのプライドはないの。お人好しもたいがいにしておきなさいよ」
私は妻に向かって声をあげていた。
「浮気するならバレないようにやって」「クロウト(風俗)なら許せる」と言う女性に出会うたび、違う星の生物のように感じてしまう私だが、この手のなめられ妻たちのこともとうてい理解することはできない。
そのためだろう、先述の彼女にもこの相談者にも親身になろうという気持ちがほとんど湧かなかった。

【あとがき】
「浮気はバレないようにしてくれるならね」とか「風俗行くのはしょうがない」とかいう女性、ごろごろいるじゃないですか。友人にもいるし、ここをお読みの方の中にもいるんじゃないかな。でも、私はこういうふうに思えることが本当に理解できない。一応、寛容やねーと言うけれど、ちっともそんなこと思っていない。そういう境地に達することと、人間の度量の大きさ、了見の広さは関係がないでしょう。私の中では「男性にとって都合のよい方向にものわかりがよい」という認識です。