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2002年09月06日(金) 本名の威力

七月に短期契約で仕事をいただいていた某百貨店の配送お問い合わせセンターというところで引き続きお世話になっている。
中元期には何十人かいた派遣女性も、いまは私ひとり。毎日地味にのんびり働いている。
さて、私がいるのは進物をご注文くださったお客様からの「先方にはもう届いた?」や受け取った方からの「これいくらの品?」といった問い合わせに応対する部署。しかしながらフリーダイヤルのため、「それをうちに言われましても……」な電話もじゃんじゃんかかってくる。
そんなときはしかるべき番号を案内してかけ直してもらうのであるが、それができないのがクレーム電話のお客様だ。
「店で〇〇を買ったら接客態度が悪かった。おまえんとこは社員にどんな教育しとるんや。責任者出せ!」
配送センターの人間に怒鳴られてもどうしようもないのだが、とりあえず話を伺い、「担当の者より折り返しお電話させていただきます」と伝える。
が、興奮しているため聞く耳を持たない。そして激昂の末、こう叫ぶのだ。
「あんた、名前は!?」
管轄外の件でなら、唾の飛んできそうな勢いで怒鳴られようが、ループする話を延々聞かされようが、ちっとも平気だ。しかし、こういうシーンで名前を聞かれるのは本当に嫌。
相手かまわず怒鳴り散らすような人だ。名前をメモされたところでなにをされるということはないとは思うが、やはり気味が悪い。クレーム受付窓口で働く社員に業務用の名前を割り当てている会社があるという話を聞いたことがある。うちにもそういうのがあればいいのにと思うのはこんなときだ。
見ず知らずの人に名前を教えることにまったく抵抗のない人はいないと思うけれど、それでも私は人より敏感なところがあると思う。
私の旧姓はかなりめずらしいものだ。小学生の頃は先生にさえ一発で読んでもらえず、書類はしょっちゅう印字ミス、電話口でも正しく復唱してもらえないのが嫌でたまらなかった。姓だけでは電話帳を引くことができない「田中さん」や「鈴木さん」と違って、私の場合は個人を特定されるかもしれない。
ゆえに、必要もない人にむやみに知らせたくないと身構えてしまうところが少なからずあった。
そのため、ごくありふれた姓に変わったいまでも人に名前を教えるシーンではかすかな躊躇や引っかかりを覚えてしまう。これはもう、条件反射のようなもの。
この感覚は、平凡な姓で生まれ育った人にはピンとこないかもしれない。

こんな私だけれど、最近、「本名」が持つ力を実感している。
先月、私はオーストラリア旅行に出掛ける際に「絵ハガキ欲しい人、この指と〜まれ」と書いた。しかし、呼びかけておいておかしな話であるが、まず集まらないだろうと思っていた。なぜなら、それを受け取ろうと思えば住所や氏名を明らかにしなければならないからだ。
いくらサイトの中で二年間文章がアップされつづけてきたとはいっても、管理人の個人情報はなにひとつ記されていない。つまり、そこには「小町」という人間を信用するに値するなにも存在してはいないのだ。そんなネットの中の住人に、誰が大切な自分の情報を提供するはずがあるだろう。
が、フタを開けてみると、絵ハガキ希望のメールが何通も届いた。そのどれもが躊躇や不安などみじんも感じさせない、実に無邪気な文面で。いや、送信ボタンを押すときには多かれ少なかれ勇気のようなものが必要だったろう。
だからこそ、私はうれしかったのだ。読んでくださっている方々と現実の世界でクロスできる初めての試みだったということもある。が、それよりなにより、この人たちが「小町」という人間を信用してくれたことが、たまらなく。
本名を教えていただいたとはいえ、その方々とは絵ハガキの中でも、そしてこれからもハンドルネームでのお付き合いだ。しかし、以前よりずっと近しいものを感じるようになったのは本当だ。こういうこともあるんだとなにかを発見した気分だ。
来月、中国に行きます。また絵ハガキ企画やりますので、よかったら応募してね。

【あとがき】
「ラブレター・フロム・チャイナ」にたくさんのご応募、ありがとうございました!
今回は第2弾ということもあって、メールをばばん!といただきました。海外からのリクエストもなんと5通。わが日記が海の向こうでも読まれているなんてうれしいじゃないですか。あ、もちろん日本の方にですけど。
それともうひとつ、前回にはなかったなーというのが「家以外のところに送って」という男性からのご要望。そう、奥様の手前、というやつですね。会社宛てにとか郵便局止めでお願いというのがちらほらありまして、くすりと笑ってしまいました。
「希望者が殺到していたら、私のは次回にまわしてください」
「私のは一番最後でいいです。もしハガキが余っていたらお願いします」
「絵ハガキは楽しみだけど、それにとらわれないで旅を楽しんできてください」
と言っていただき、ありがたくてありがたくて。思わずモニターに向かって頭を下げてしまいました。
北京、西安、上海。どの都市から届くか、どうぞお楽しみに。