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- 2005年08月28日(日) ∨前の日記--∧次の日記
- 『あなたにとって腕時計とは?』(創作エッセイ)

(創作エッセイ)


仄かな暖色系の照明が、店内の至るところで揺らめいてる。
この店の照明は、まるでローソクの火のようだと彼は思った。
ゆれる灯を呆と眺めながら水割りを口にした時、向かいの席から声がした。

「いつも、はずしているよね?」
「え?」

彼が正面を向くと、彼女が頬杖をしながら右の方にある何かを見ている。
薄明かりの中、彼女の視線をたどってテーブルの右端の方に目を移すと、
ハンカチの上に真っ直ぐに載せられている、彼の外した腕時計があった。

「こういう飲み屋やバーに来ると、時計、はずすよね?」
「う、うん、仕事中でも、オフィスにいる時に席で外してるけど。」

「どうして?」

壁面のオブジェも談笑する人の顔も、店内の全ての存在が覚束なく感じられる。
二人の席の付近は特に、照明の角度で明暗が効いているからか、彼女は、
より艶っぽさを強調させながらも、薄暗い店内に溶け込んでいるかのようだ。

「はずす理由?…別につまらない理由だよ。俺ね、時計に限らず、肌に触れる
金属系のアクセって少し気になるんだ。アレルギーまではいかないけどさ。
だから集中したり、リラックスしたりする時はいつの間にか外しているかも。」
「時計って嫌い?」
「いや、嫌いとかじゃなくて、お肌的に外したい時があるってだけ」
「腕時計無いと困る?、気になる割には外出する時に必ずしていくよね?」
「うん、必ずハメて出て行くね。仕事でも遊びでも。何でだろう?
確かにケータイあれば時計には困らないよな。」
「時間が関係ないなら、なんでしてるの?」
「何でって云われても…」

『今日のお題は腕時計ってか?』と思いながら彼は考えてみた。
『何だろうか?そりゃ時間が知りたいからでしょ?ずっと前は、時間が分かれば
何だっていいって何でも付けてたし、2〜3個持ちながらローテしてたっけ…。
今は別に幾つも欲しいと思わないし、気に入ったのが1個あれば十分。
今しているのは彼女のプレゼントだ。だからか?、だからしているのか?
でもそれも多いにあるけど、そういう事ではないな…』 彼は彼女の頬杖する手を見た。
その左手には、昔貯金をはたいて自分で買ったという彼女のIWCが光っている。
単なる高級ブランド志向ではないなと彼は思った。女性の割にチョイスがシブい。
『あいつの時計は、本当にあいつらしいな。俺の時計は俺らしいかな?
いや、やっぱり彼女チョイスだけあって、彼女らしいのかな?、彼女らしいから、
だからしてるのか?…違うな…。やっぱ時間を知るためか?違うな…だったら、
ケータイで十分だ。何かこう、理由とかではなくて、無条件にしなければいけないものだ。
彼女からもらったとか趣味とかファッションとかじゃなくて、何かこう…』
薄明かりに見える彼女の中で、最も存在感を主張しているのはその時計であった。
照明を吸収して艶っぽく光を放つその塊を見つめた。針の音が時計の息づかいに聞こえる。
次第に針が刻む鼓動が大きくなり息づかいが荒くなり、ついには女の声でしゃべり出した。

『本当は、何を考えてるの?』

ハッとして彼は彼女を見ると、顎杖をしながら意味深な笑みを浮かべていた。

「え、何って?」
「は?何ボーッとしてんのよ。腕時計を何故してるのかって訊いてんの?」

彼は苦笑しながら、隅にあった腕時計を手に取って左手にはめた。

「大事なものかな…やっぱり。ハメると気合いが入る。無いと困る。でも『重い』かな。
重過ぎて時には外したい。常には出来ない。だからよっぽどの品でない限りハメられない。」
「『大事で重い』ね…。ちなみに、Jにも同じ質問したけど、Jは『アクセサリーだ』って。
幾つも持っていてローテーションしてるんだって。笑えるよね〜」
「『笑える?』、なんで?別にそういう人っているでしょ?」

彼女は『フフッ』と黙って、タンブラーでグラスの氷をカランカランと回し始める。
水割りを手に持ちながら彼は、何か腑に落ちないものを感じた。
二人のそれぞれの腕時計だけが、冷静な面持ちで互いを見つめる。
彼女の左手から自分の腕へ目を移し、彼は通路を挟んだ隣のテーブルに光るものを捉えた。

「あそこの男、ロレックスだね。」
「そうだね。ねえ、高級ブランドの時計って興味あるの?」
「興味あるけど、純粋にデザインの趣味としてだね。収入が増えて、いざ手に届くとなっても、
ウン十万も出してまで買わないよ。好きなデザインのものが高かったら悩むけど。」
「ふーん。ちなみに、Kクンにも聞いたら『腕時計はウン十万出してもブランドものを買いたい』
って云ってたわ。しかも買えるなら幾つでも買いたいって。これも笑っちゃった!」

「?お前、腕時計のこと、みんなに訊いてんの?」

目線を外して左腕の時計をさわる彼女。

「訊いてるよ。Mクンは『携帯あるから腕時計は必要無い』って云ってた。Mクンらしいね。
単に面白くて聞いてるだけよ。でも、あなたに関しては、もっと色々知ろうと思って聞いてるの」
「あ〜そう…何だかな〜…。あ、そうだ、ちなみにお前のそのシブいIWC、ウン十万も出して
昔自分で買ったってこだわり品。それ1個だけを、成人式からずっと手にハメてるんだよね?、
しかも風呂以外は寝るときもずっと。『それはお前の何なの?』って訊かれたら何て答える?」

グラスを傾けて氷を揺らしていた彼女は、ふいに正面を向いて彼の目を射た。


「『私のIWCあなたにあげるから、これからずっとつける時計、あなたが選んで』
 …って云ったらどうする?」


水割りを飲みかけていた彼は咳き込んだ。

「何をカワイイこと云ってんだよ!らしくねえな。てか、まず俺の質問に答えろよ!
お前のIWCもらっても重すぎて付けれないよ。買ってあげるのはいいとしてもさ。」


「…そう」



視線を外して、彼女はグラスの中身を飲み干した。
彼は仄かな照明が奏でる不確かな気配の中、
彼女の左腕に掴まっている「それ」が、
自分をじっと見つめているかのように思えた。










********************





(数日後)





「『腕時計』って『恋人』だってさ」


数日後に同じ店で、彼は友人に
この前の彼女との会話を説明していた。



彼の親友であるYは、大学院で心理学を専攻した後、カウンセラーをしている。
彼は、彼女の事はもちろん仕事や人間関係で相談がある時には、必ずYを呼び出していた。
Yは元々性分が相談される事を苦にしない、というよりは、そこに自分の価値があると
思っているのか、嫌な顔一つせずに付き合っていた。この日も仕事後に落ち合って、
Yは煙草を吹かしながら、彼の話を黙って聞いていた。


「『腕時計』=『恋人』? この心理テストって有名なのか?」
眉間に皺を寄せながらYが彼に訊いた。

「え、Y先生ともあろう人が知らないの?有名らしいよ、って俺も知らなかったけどさ。
この前の彼女との会話から妙に腕時計が気になってさ、あの後調べたんだよ。そしたら、
雑誌でも本でもネットでもたくさん出るわ出るわ!めっちゃ有名な心理テストだったよ」

「ふーん」
ふーっと白い煙が宙を舞う。Yは腑に落ちないようだ。

「何だか感動が無いね。会話中に彼女は笑ってたんだよ。知ってて質問してたんだな。
『腕時計』=『高級ブランド』『幾つも同時に持ってる』『ローテーション』って語った奴の
女性遍歴を見ると、答えと見事にリンクしてんのね。そりゃ笑えるわな。」
「で、お前さんの答えに当てはめると?」
「…大事で、こだわりがある、高級でなくてもいい、でも重すぎて、時には外したい…」
「で、彼女は?」
「え?、ん〜そうだな…、こだわった一品をかたくなにずっと身につけている…」


Yが一点を見つめて黙った。Yが心理学的考察を始めた時にはいつもの事だった。
その意見を訊くのが楽しみで、彼はYに相談しているようなもので、Yが黙った時には、
彼はいつも口を挟まず放置しているのである。
この時も同様に彼はジョッキを飲み、肴を食べながら、Yが口を開くのを待っていた。
ふいにYは、彼に視線を向けた。


「『腕時計』=『恋人』は微妙に違うな」


思わぬリターンが返って来て彼は驚いたが、Yはそういう奴だった。

「始まったよ先生〜、え、じゃ〜何なのよ?」
「その心理テスト、有名なのかもしれんが、俺に云わせれば違う。
『腕時計』が指しているものは『自分自身』だ」
「?」
「正確に云えば、『理想の自分自身に対するこだわり度』が現れている。
確かに腕時計って、老若男女問わずほぼ必ず身に付けるモノだから、
他のアクセサリーと違って、そういう潜在意識が現れてもおかしくない。」
「??、ハイ?それで?」

テーブルの右隅に置かれた彼の腕時計を見ながら、Yは説明を始めた。

「で、お前さんは、相手に重く頼られたいのよ。相手の『重し』を感じたい。
もしくは『重い』=『自分のこだわり』。でも重しを感じたがるあまりに、反動として
時には時計を外して現実逃避もしたいんだ。それで、そういう自分でいることがすごく大事。」
「…」
「それで彼女だが、彼女も理想の自分がとても大事なんだ。こだわりが超強く完璧主義者。
しかも『理想の自分』の象徴である身の丈以上の高級品を、実際に買って身につけているところは、
現実の自分自身が不確かで弱いことの反動だな。いわゆるお守り。理想の姿を確かな姿に置き換えて
持ってないと自分が保てない人だ。さらにそれを片時も離さないのは、相当な『依存症体質』の証明。
強がっていたとしても彼女は常に不安な性格なんだと思うよ」
「…」

Yに一気に捲し立てられた彼は、ただただ聞くばかりであった。彼自身と彼女に関して、
Yは二人の性格を知っていたが、腕時計の話とここまでピタリと整合性を付けられると
どうにも反論のしようがなかった。それでも彼は「たかだか腕時計のお遊び話」と思っていた。
だが次第にYの顔が厳しくなり、彼の目を射抜くように見ながら再び話し出した。

「それで、ここからが大事だ、お前さん。」
「何?」
「彼女は多分、『腕時計』=『自分自身』だと、感覚で理解してお前さんに質問していた。
『高級ブランド』も『幾つも持ってる』って話も、女性遍歴とかではなく、その友達自身が
そういう奴だから、彼女は笑ってたんだよ。」
「そうなのかな?」
「そうだ。彼女は『お前のことを知りたい』って云ってたんだよな?お前が彼女を
『恋人』としてどう思っているかを知りたいよりも、『お前自身の人間性』を知りたいんだよ。
ところで腕時計の質問で、お前の微妙な答えを彼女がどう理解したか、分かってるか?」
「悪いようには受け取ってないと思うけど…」

呑気で鈍感な彼にYは少々苛立って、灯をつけたばかりの煙草をにじり消した。

「アホか気づけ!さっきお前が俺に話したこの前の話、彼女の最後の質問を思い出せ!」
「『IWCをあげる』ってやつだろ?」
「カワイイってノロけてる場合じゃなかったんだ。『腕時計』=『自分自身』であって、
彼女自身の腕時計観を考えれば、本当は彼女が何を云いたかったか分かるだろ?」

「…!」
彼は気づいた。たかだか腕時計の話で、Yが云う程彼はあの会話を深刻に考えていなかった。
しかし、確かに彼女の性格からすれば、かなり踏み込んだ質問であった。しかも彼からの
投げかけにリアクションされたものではなく、彼女自ら切り出して来た質問だ。

「遅いんだよ!早く電話しろ!」

Yは新しい煙草に灯をつけて、ふぅーっと吐き出した。




050828
taichi
...
    

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