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2005年06月07日(火) 特等席。


席替えになりました。息子のクラス。
それを知らせるプリントを頂いた。 「今度の席はどこかな?」
息子はど真ん中の列の一番前。つまり先生のまん前。
いわゆるそこは特等席だ。
目の悪い子、一時的に怪我をしたりして不自由のある子が前に座る事に
なる場合がほとんどだ。だが例外もある。
うろちょろする子。
うちのクラスには私の知っている範囲で息子の他にももう一人ちょろ助が
居て、その子も見事に 最前列になっていた。
「自分が、なにゆえ真ん中になったか考えて見なさい」
先生とお話しする機会があったのだが、全ては仰らない物の、明らかに
ちょろ助なため 前列になっている事は判った。 「何で前だと思う?」
「くじだから」
それはそうだが、お前さんと隣りのちょろは違うと思うぞ。
「うろちょろするのと、先生の話を聞いてないでしょう?」
「だって、Hちゃんはちゃんと聞いてるよ」
息子の新しいパートナーHちゃんは とても大人しい女の子だと言う。
「だけど一緒に前だもん」
それは気の毒な事にも お前の目付け役に任命されたんだっ。
「Hちゃんは先生のお話を聞いてるけど、あんたは聞いてないでしょう」
「時々聞いてないよ」
「教室を、勝手に出る事あるでしょう」
「時々あるよ」
むう。

「図工とあさがおの世話は すごく得意なんです」
先生が笑って仰る。いたなそう言う子、私の子供の時も。
今、何やってんだろうなあ・・・。

目の悪い子は黒板が見えないから前に座るけど、うろちょろするあんたが
前に座ってたら 何時までも前が空かない。ちゃんとしろ。

内心では昼ご飯を食べてからの勉強はちょっとはきつかろうと言う思いも
ある。5時間目にもなれば、ふらふらしたくもなるだろう。
でも駄目なんである。辛いところだ。私は真面目な子供だったが 学校は
大嫌いだった。高校まで、普通に通っていたが
「やってられるか」 と言う思いを抱えた学生だった。
8割以上の先生の事は大嫌いだった。

数年前、近所のスーパーで偶然、宿敵�祇萓�にばったりと会った。
高校時代、反吐が出るほど嫌いであった彼は、私の事を良く覚えており
変わっていないと懐かしがってくれた。お孫さんを見せてくれ、娘さんを紹介
して下さった。
「現役時代はひどかったって、随分卒業生から言われてね。そのたんび
いや、悪かったって謝ってるんだよね」

暴力は全く奮う人ではなかったが、やたら学校側について権力的な物言いを
する人だったので生徒には嫌われていた。私は彼の似顔絵を描き、かなり
お下品な漫画にして休み時間に回して、ウケを取っていた。
どうみても、もう一度会いたいと思わせる優しい好々爺になってしまっている。
やれやれ、こんな事もあるのだ。こちらも歳を取った。

「まだ小さい子だから、長い目で見ないと」
先生は仰る。息子は先生が大好きだと言う。
小学校一年の私の担任は厳しかった。もう亡くなっているが 好きになる
機会も 結局無かった。
どうせなら、学校も先生も好きであった方が良いに決まってはいるのだ。
嫌いになる人の数は少ない方が、自分自身の健康のためにもいい。
そして贔屓とか、そう言った意味合いではなく、先生にも嫌われるよりは
好かれる子供であって欲しいが、ちょろだから嫌われると言うものでも
まあないんだろう、実際は。








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