もうちゃ箱主人の日記
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2008年06月26日(木) 四千の日と夜

 


むかしばなしで恐縮だが
お古いところの詩を二、三
お付き合いくだされ。


 最初の詩には、ブルトンの詩の影響が
 2つ目には、エリオットの影響が感じられるように思う。
 詩人自身は2番目の詩に大きな自身と愛着を持っていたようで
 自らの試論的エッセイ中に引用している。

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   一九四〇年代・夏

世界の真昼
この痛ましい明るさのなかで人間と事物に関するあらゆる自明性に
われわれは傷つけられている!
犬のように舌を垂らして
「一九四……年
 強烈な太陽と火の菫の戦線で
 おれはなんの理由もなく倒れた だが
 おれの幻影はまだ生きている」

「おれはまだ生きている
 死んだのはおれの経験なのだ」

「おれの部屋はとざされている しかし
 おれの記憶の椅子と
 おれの幻影の窓を
 あなたは否定できやしない」
われわれはこの地上をわれわれの爪でひっかく
星の光りのような汗を額にうかべながら
われわれはわれわれの死んだ経験を埋葬する
われわれはわれわれの負傷した幻影の蘇生を夢みる

彼女の眼は崩壊と滅亡だけを瞶めてきた人の悲劇的イロニイで
   みちている
彼女の耳は沖の彼方のあの難波人の叫喚だけを聴くばかりである
彼女の文明は黒い その色は近代の絵画のなかにない
彼女のやさしい肉欲は地球を極めて不安定なものとする
彼女の問いはあらゆる精神に内乱と暴風雨を呼び起す
彼女の幻影にくらべればどのような希望もはかない
彼女の批評は都会のなかに沙漠を 人間のなかに死んだ経験を 
   世界のなかに黒い空間を覚醒する そして
われわれのなかにあの未来の傷口を!

わたしはこれ以上傷つくことはないでしょう なぜなら
傷つくこと ただそのために わたしの存在はあったのだから
わたしはもう倒れることもないでしょう なぜって
破滅すること それがわたしの唯一の主題なのだから

雷雨! われわれの永遠の夏は彼女の歯で砕かれる



   **************
   
    立棺

     1

  わたしの屍体に手を触れるな  
  おまえたちの手は
  「死」に触れることができない
  わたしの屍体は
  群衆のなかにまじえて
  雨にうたせよ

  われわれには手がない
  われわれには死に触れるべき手がない


  わたしは都会の窓を知っている
  わたしはあの誰もいない窓を知っている

  どの都市へ行ってみても
  おまえたちは部屋にいたためしがない
  結婚も仕事も
  情熱も眠りも そして死でさえも
  おまえたちの部屋から追い出されて
  おまえたちのように失業者になるのだ

  われわれには職がない
  われわれには死に触れるべき職がない


  わたしは都会の雨を知っている
  わたしはあの蝙蝠傘の群れを知っている

  どの都市へ行ってみても
  おまえたちは屋根の下にいたためしがない
  価値も信仰も
  革命も希望も また生でさえも
  おまえたちの屋根の下から追い出されて

  おまえたちのように失業者になるのだ

  われわれには職がない
  われわれには生に触れるべき職がない


  2

わたしの屍体を地に寝かすな
おまえたちの死は
地に休むことができない
わたしの屍体は
立棺のなかにおさめて
直立させよ

地上にはわれわれの墓がない
地上にはわれわれの屍体をいれる墓がない

わたしは地上の死を知っている
わたしは地上の死の意味を知っている
どこの国へ行ってみても
おまえたちの死が墓にいれられたためしがない
河を流れて行く小娘の屍骸
射殺された小鳥の血 そして虐殺された多くの声が
おまえたちの地上から追い出されて
おまえたちのように亡命者になるのだ

地上にはわれわれの国がない
地上にはわれわれの死に価いする国がない

わたしは地上の価値を知っている
わたしは地上の失われた価値を知っている
どこの国へ行ってみても
おまえたちの生が大いなるものに満たされたためしがない
未来の時まで刈りとられた麦
罠にかけられた獣たち またちいさな姉妹が
おまえたちの生から追い出されて
おまえたちのように亡命者になるのだ

地上にはわれわれの国がない
地上にはわれわれの生に価いする国がない

3

わたしの屍体を火で焼くな
おまえたちの死は
火で焼くことができない
わたしの屍体は
文明のなかに吊るして
腐らせよ

われわれには火がない
われわれには屍体を焼くべき火がない



わたしはおまえたちの文明を知っている

わたしは愛も死もないおまえたちの文明を知っている
どの家へ行ってみても
おまえたちは家族とともにいたためしがない
父の一滴の涙も
母の子を産む痛ましい歓びも そして心の問題さえも
おまえたちの家から追い出されて
おまえたちのように病める者になるのだ


われわれには愛がない
われわれには病める者の愛だけしかない

わたしはおまえたちの病室を知っている

わたしはベッドからベッドヘつづくおまえたちの夢を知っている
どの病室へ行ってみても
おまえたちはほんとうに眠っていたためしがない
ベッドから垂れさがる手
大いなるものに見ひらかれた眼 また渇いた心が
おまえたちの病室から追い出されて
おまえたちのように病める者になるのだ


われわれには毒がない
われわれにはわれわれを癒すべき毒がない


 (田村隆一詩集『四千の日と夜』から)

***
PS: 詩集『四千の日と夜』の現在の古本価格は
 26千円〜10万5千円とか… 
  (高い方は、詩人の肉筆署名入り)


もうちゃ箱主人