もうちゃ箱主人の日記
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2008年04月12日(土) 河野通勢展に行った

頂いたチケットで(内緒ね… (^^;))
 足利市美術館の河野通勢展へ





河野通勢のことは、2/18の日録にも書いていた。
一部再録すると

>私が、河野通勢を知ったには、30年近く以前の
 福島県立美術館での関根正二展だった。

 もちろん、関根に影響を与えた画家たちという
 枠の中での展示だった。
 
 今回の番組の中で、作家の関川夏央さんが
 「関根にスイッチを入れた」と、
 コメントされたが、
   うまいこと言うねぇ! (拍手)

 彼の本格的な画業が、10代末の3年間にとどまった
 ということは、知らなかったし、驚いた。
 (上京後、岸田劉生のあまりに大きな影響の下で
   油絵から離れ、挿絵画に転進したという)



今回、丁寧に拝見し
あらためて、「もう一人の関根正二」を観た思いを新たにした。
 長生した関根の姿が、ダブッてみえた。

関根との比較ばかりで論じるのは、申し訳ないのだが
本当に興味深いものがある。

例えば、敬愛した先輩画家との接し方だが
関根は、青木繁に心酔し影響を受けるがそれ以上ではなかった。
彼は、青木を通じラファエル前派を、
河野通勢を通じデューラーを知ったが、それを自分流に消化する。

一方、河野は、岸田劉生という強烈な個性と出会うと
それに呑みこまれた。(ように思う)
画風も変化し、やがて挿絵画家に徹するようになる。
 (若くして、妻帯したという事情もあるだろうが…)

河野の画業の魅力的だったのは
 青春の3年!と評されるというが、同感である。

 あたかもランボーみたいな…
  こういう人生もある。


PS:
カタログ解説で読んだ
関根のエピソードによれば
初対面から3年後、河野通勢と再会し
その後の絵を観た関根は
かって絶賛したにもかかわらず
「生気がなくなった」と、日記の中で切って捨てている、
 という。
 (これも、天才の証か?)  

それにしても、関根正二は素晴しい。
また、その意を強くした。
大原美術館に行って、《信仰の悲しみ》を
 また、観たくなった。 ^o^!
http://www.ohara.or.jp/200707/jp/1_web/2/exh/016.html

できうれば、いつの日か、関根正二論を
ものしたいと思ってはいるが…
 どうなることか… (^^;)


*詳しくは、こちらを ↓

http://www.watv.ne.jp/~ashi-bi/


もうちゃ箱主人