もうちゃ箱主人の日記
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ベネディクト・シャックは数年前自筆譜が発見されて 話題になった《賢者の石》の作曲家の1人として 一躍有名になった人物だが (もちろん、《魔笛》初演時のタミーノである)
1829年にヴィンセント・ノヴェロと妻のメアリーが、 モーツァルトの跡をたずねた旅日記、 いわゆる「モーツァルト巡礼」に こんな記述がある。
7月12日の日曜日に、ノヴェロはミュンヒェンで大聖堂の朝のミサに出て、 そこで、ミュンヒェンにきてから初めて、 「モーツァルトを感じさせる音楽」を聴いた。 思わず曲名を尋ねると、ベネディクト・シャック(1758-1826)の ものであることがわかった。
ノヴェロはこう書いている。
「日曜日の朝9時、大聖堂でのシャックの美しいミサ曲は、 モーツァルトのスタイルで見事に演奏された。 特に、「キリー」と「アグヌス」(ママ)は モーツァルト風であった。 シャックはモーツァルトの親しい友人であった。 おそらくモーツァルトによって手直しがされているのであろう。 なぜなら、シャックは歌手にすぎないのだから。」
シャックによって18世紀末に作られた 「モーツァルトによく似た」ミサ曲が、 19世紀初めのミュンヘンで演奏されていたことを、 どう解釈すればいいのだろう。
「当時、モーツァルトのミサ曲が愛好されていたこと」が 窺える。 そして、この事実は もしかすると、先日来 論議している 「パロディ・ミサ曲」作成の風潮に、関連しているかもしれない。 (未完)
もうちゃ箱主人
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