もうちゃ箱主人の日記
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| 2008年02月06日(水) |
《ドン・ジョヴァバンニ・ミサ曲》 (その3) |
どんな目的で 《コシ》や《ドン・ジョヴァンニ》を ミサ曲に改変したのか?
その答えの1つを、論文の著者Wiegandは、以下のように 説明しています。
>19世紀の初め、モーツァルトの《ドン・ジョヴァバンニ》は 音楽の美しさは認められていたものの、 そのストーリーの不道徳性を非難され、上演が困難な状況にあった。 (著者が例に挙げているのは、1792年ミュンヘンでの上演が、いったん 検閲で禁止されたが、選帝侯の特別な配慮で辛うじて上演できたこと である)
こうした状況を憂いた「誰か」が、美しい旋律をつなぎあわせ 「ミサ曲」に仕立て上げた。 しかも、もともとオペラ《ドン・ジョヴァバンニ》について 知らなかった 「田舎の教会」に通う会衆や歌手は、 このことに、何の疑問も持たなかった、 というものです。
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しかしこの説には、いくつかの疑問があります。
・このことは、《ドン・ジョヴァバンニ》や 《コシ・ファン・トゥッテ》には、 あてはまるものの、 ヤーンの指摘した《フィガロ・ミサ曲》については 少なくとも「ふしだら」という点では、該当しない。 (考えられるとすれば、政治的「危険性」か?)
・果して、現実にモーツァルトのオペラの上演が困難だったのか。 上演頻度と、てらしあわせての検証が必要。
むしろオットー・ヤーンの指摘している 「世俗音楽から教会音楽へのパロディ化の流行」と いう点に注目したい、と思います。
パロディ化について、ヤーンは上記オペラ以外に 実に多くの例を挙げています。
例えば、KV 361は詞を変え、Offertoriumに ナンシー・ストラースに献呈されたことで有名な KV 505は、歌詞を変え、オブリガートをピアノからオルガンに変え In te domine speravi という曲(モテット?)に改作された。
ほかに、《皇帝ティートの慈悲》の 《Deh per questo istante》が同様Offertoriumに コンサート・アリアKV 420が歌詞を変え、モテットに 改作された、ことなどを伝えています。 (ヤーン『モーツァルト伝』付録2)
** 今日はここまで <続く>
もうちゃ箱主人
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