もうちゃ箱主人の日記
DiaryINDEX|past|will
直接存じ上げないが、この方も 敬愛する画家の一人。
富士山シリーズなど、今見ても新しい! ほんとうに、素晴しいと思う。 もう少し早くこれらの絵に出会っていたら 私の絵の見方が、ラファエル前派やナザレ派でなく 別な方向に行っていたかもしれない。
老年になっても充実した仕事をなさる、という意味でも 心強い方だった。
合掌。
>片岡球子さん死去 日本画の革新に貢献 103歳 2008年01月21日
鮮やかな色彩と大胆な造形で富士山や歴史上の人物を描き、 100歳を超えて現役を通した、文化勲章受章者の日本画家、 片岡球子(かたおか・たまこ)さんが 16日、急性心不全のため神奈川県藤沢市内の病院で死去した。 103歳だった。喪主は弟邦三さん。葬儀は近親者のみですませた。 後日、「偲ぶ会」を開く予定。
故・小倉遊亀さんとともに女性画家の最長老格として、 長く日本画界を支えた一人。 日本美術院に所属し、伝統を継承しつつも、 現代的な感覚を取り込み、日本画の革新に貢献した。
札幌市生まれ。 旧制札幌高等女学校から東京の女子美術専門学校(現・女子美術大学)へ 進み、日本画を学んだ。 26年、横浜市大岡尋常高等小学校(現大岡小学校)の教師となり、 30年間勤めた。 この間、日本画家の吉村忠夫、安田靫彦らに師事。 30年、第17回院展に「枇杷」が初入選した。
52年、「美術部にて」で日本美術院賞(大観賞)を受賞、 日本美術院同人となった。 60年代から、富士山のシリーズ、 足利尊氏や北斎ら歴史上の人物を大胆に変形させた姿で描いた 「面構(つらがまえ)」シリーズ、 裸婦を描いた「ポーズ」シリーズといったライフワークに取り組んだ。
50歳で小学校を退職。その後、女子美大講師、後に教授に。 66年、愛知県立芸術大開校にあたって日本画科主任教授に就いた。 82年、日本芸術院会員、89年文化勲章を受けた。 05年、100歳を記念した回顧展が開かれた。 代表作に恩賜賞・日本芸術院賞を受けた 「面構 鳥文斎栄之」(74年)など。 http://www.asahi.com/obituaries/update/0121/TKY200801210166.html
もうちゃ箱主人
|